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June 30, 2008

「うひ山ぶみ」(初山踏み)

いかならむ うひ山ぶみの あさごろも
 浅きすそ野の しるべばかりも

 江戸時代の国学者本居宣長が69歳で記した学問の心得『うひ山ぶみ(初山踏み)』の中にある和歌である。
「うひ山ぶみ」(初山踏み)とは、修行のために初めて山にはいること。何か新しいことに挑戦する時の、凛と緊張し、全身が引き締まるようなすがすがしい気分。
 初めて山に分け入る朝のように、全く未知のことに挑戦する新鮮な感覚を何歳になっても忘れないでいたい。

 脳は一生学び続けることができる。生涯に何回か「これはとてもダメだ」という無力な状態から学び始めることをしなければもったいない。大脳皮質の前頭葉の中にある新奇性を検出する回路や、自らが置かれた文脈を感知し、それに合わせた活動を生みだす前頭眼窩皮質の性質からして、唖然とするほど新しいことに挑戦することが脳に良いことはわかっている。(茂木 健一郎、『それでも脳はたくらむ』中公新書ラクレ)
 理論でわかっているのだから、あとは実行するのみである。
「うひ山ぶみ」は、一生のうちに何回もできる。だから人生は素晴らしいと茂木さんは言う。

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June 28, 2008

楽に生きる

 映画『西の魔女が死んだ』は、それぞれの年代に語りかけるものは多様である。
 少女まいには居場所がない、存在感の薄い父親には頼れず、母親からは「扱いづらいこと」というレッテルを貼られ、中学校ではうまく立ち回ることを放棄したばかりに浮いた存在となっている。
そして、母方の祖母、山深い場所に一人で住む母が“西の魔女”とよぶ祖母のところに預けられる。
「私はもう学校には行かない。あそこは私に苦痛を与える場所でしかないの」と言うまいに、おばあちゃんは答える。
「自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思うことはありませんよ。ハワイより北極で生きるほうを選んだからといって、誰がシロクマを責めますか」と。
 魔女は魔女なりの、生き方があるかと肩の力が抜けるようだ。

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June 27, 2008

80歳になったときに

 児童文学者梨木香歩さんの作品は、登場人物の「ひとり」を強く意識させる。
今話題の『西の魔女が死んだ』ばかりでなく、この作品の前に出版された『裏庭』の少女と母親、祖母、父親からは、孤独を抱えながらの生きる姿が心をうつ。
けれども、そこには自然を背景にした描写の中にあたたかな日差しのような包容力がある。
 ある本で目にした、困った時や決断に迷った時に「80歳になった自分はどういうことをやるのだろう」という言葉に感動したという梨木さんは、「どうすればいいか、判断に迷うことがあったら、80歳になったときに自分が『あのとき、ああすればよかった』と思うことだけをしよう」という表現を作品に活かした。
 人は、現実を受けて日々変化していく。魔女修行の根本である「意志の力を強くして何事も自分で決めていく」ことを続けた80歳の日に、自分の変化を成長と納得できるような自分でありたい。

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June 26, 2008

児童文学、「マトリョーシカ」論

 『西の魔女が死んだ』の原作者梨木香歩さんは、「マトリョーシカという、入れ子のように次々と体内に人形を納めるロシアの木の人形がありますね。私は昔から、人というのは、あの人形のように小さなころからの自分がどんどん重なっていて、大人になったからといって、その連続性から急に切り離されて存在するのではないと思っていました」という。(いきいき、2008年7月号より)
 さらに「私たちはみんな、ずーっと小さいころからの自分を抱えて生きていくと思っていたのです。入れ子式の人形と人形との隙間に、空気みたいなものがあるとしますね。そこに振動を与えて人を活性化させ、ちいさいころから連綿としてある生命の実感みたいなものを与えることができる、それが児童文学だと思っています」とも。
 「最近ではさらに、その人形は、小さいころから今の私までで終わっているのではなく、これから先の80歳、90歳になる私ももうすでに持っているのではないかと思うようになりました」
たまたま今、40歳、50歳いう年齢を生きているだけで。
 もう一度、『西の魔女が死んだ』を読み返してみようと思う、67歳の魔女である。

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June 25, 2008

西の魔女が死んだ

 映画『西の魔女が死んだ』がついに公開。
梨木香歩原作の100万部の大ロングセラー、待望の映画化である。

中学に入ったばかりの少女まいは、学校へ行けなくなって、山の中で一人暮らしの祖母"西の魔女"のもとで過ごすことになった。おばあちゃんは、代々続く由緒正しい魔女家系の一員で、正真正銘の魔女なのである。おばあちゃんは、まいに言う。「私はいつまでもまいのような子が生まれてきてくれたことに感謝している」と。自分の存在を無条件に愛してくれる人がいることの幸せ、救い。そして「無条件に愛せる」存在があることの喜び、豊かさ。
大好きなおばあちゃんから「早寝早起き、食事をしっかりとって、よく運動すること」がどんなに大事かを教わるまい。戸惑いながらも、料理、掃除、洗たく、庭づくり・・・・と日々の生活は、"魔女修行"の始まりだった。
おいしいワイルドストロベリー・ジャムの作り方、ゆっくり眠れるおまじない、人は死んだらどうなるのか、"魔女修行"が教えてくれたものは、「強さ」、「優しさ」、「希望」という生きる楽しさの再発見だったろうか。
"魔女修行"の根本は、「意志の力を強くして何事も自分で決めること」。
この映画から、まいと一緒に「魔女とはなにか、どうしたら真の魔女になれるか」も学んだような気がする。

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June 16, 2008

私はさそり座の魔女

 6月下旬~7月上旬ごろは、南の空の低いところで見られさそり座。私は、届の都合で誕生日が11月10日(本当は、10月20日生)の、さそり座の女である。
 さそり座の絵は、ギリシャ神話で狩人オリオンを毒針で刺し殺した、さそりの姿をあらわしているが、さそり座が東の空からのぼるころ、まるで逃げるようにオリオン座は、西の空に沈んでいく。
 「あぁ、さそり座のおんなねぇ」と変に納得したような反応に傷ついた若い日もあった。しかしこの年になると、結構、さそり座の女に満足している人生であったような気もする。

 軽便鉄道の東からの一番列車の歌で始まる宮沢賢治の『シグナルとシグナレス』。

  ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、
  さそりの赤眼が 見えたころ、
  四時から今朝も やって来た。
  遠野の盆地は まっくらで、
  つめたい水の 声ばかり。

 この「さそりの赤眼」とは、アンタレスのことで、宮沢賢治は、いくつかの作品の中でアンタレスを「赤眼」としている。    
               くもんの『星座カード』より

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June 07, 2008

大人になるというのは

 大人どころか、シニアになっていることすら時々忘れているようだ。
重いごみ袋を抱えたままこけて、膝と肘とすりむいた。遠い日の海辺で、振り向いてもくれなかった人のことを、昨日のことのように恨めしく思い出したりもする。
 茨木のり子さんの詩に
  大人になるというのは
  すれっからしになることだと
  思い込んでた少女の頃  というのがある。
そして、
  年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
  外にむかってひらかれるのこそ難しいあらゆる仕事
  すべてのいい仕事の核には
  震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・

 せっかく大人になったのだから(いやシニアになったのだから)、柔らかくしなやかに密やかに凛として、己自身と他者の命をも慈しむ強さと優しさを持ちたい。 


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June 06, 2008

次の世を開く

わが夢のパターンとなるらし 知らぬ道を
  ゆけども ゆけども 家に帰れぬ
               野村 清

この歌の作者85歳。
老いのこころは、知らない道を歩き続けているのだろうか。
行っても行っても家へ帰りつかない・・・・・。
帰り着くのは宇宙の家にちがいない、いや宇宙の家を探しているのか。
老いているからこそ、こころは安住の家を求めて歩き続けているのかもしれない。
こころは、知らないうちに、次のまたの世を開こうとしているのに違いない。

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June 05, 2008

「源氏物語」はえらい

 1000年紀とかで、世は「源氏物語」ブームである。
「マダム・ムラサキ」なる新種のバラが登場、「紫(ゆかり)」という名のベイビーもやってきた。
紫式部にあやかり、その才能が改めて語られる昨今であるが、意外な視点もある。「源氏物語」の素晴らしいところは、“たくさんある物語の中で、刀を抜くシーンがほとんどないことである”(河合隼雄・松岡和子『快読シェイクスピア』、新潮社)
 源氏が刀を抜いても、それは「ものの怪」を払うためである。
「源氏物語」ばかりではない。
日本の王朝文化のどれを読んでも「殺人は出てこない」と河合さんは言う。恋のさや当てや政事も描かれているのに。喧嘩といても殴り合いすらない。
 殺人なしで物語を構成するのは大変なこと、殺人なしでこの大作品が生まれ、読み継がれているとは、なんとも立派なことではないか。

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June 03, 2008

犬とも朝の挨拶

 蒸し暑くなった。
原さんちの犬は、毎朝散歩から帰ると庭で通学路を眺めながら涼んでいる。
最初は静かに座っているが、いつも決まった時間になると騒ぎだすという。家の中から注意深く外の様子をうかがっていたところ「何してるの?」と犬に声をかけている小学生がいる。
外に出て「毎日話しかけてくれているの?」と聞くと、笑顔で「うん!」と元気に答えた。
それからと言うもの、毎日のように犬と一緒に私も庭で待ち構えていて、「おはよう!」と声をかけあっていますという原さんは、「毎日挨拶をする人が増えるのはとっても楽しいものです」と。
 通学路に立つ「子ども見守り隊」のシニアに、「おはようございます」と声をかける小学生、下校時の校門前で「気を付けてお帰り」と子どもに笑顔を向ける地域の高齢者ボランティアグループ。
 犬に思い起こさせられた、コミュニケーションに関する脳の働きだった。

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June 02, 2008

歌の力

 妻の提案で「かあさん」が入所している老人ホームを訪問しました。二年以上のご無沙汰でした。認知症の症状は前回の面会でも歴然としていました。 「かあさん」は私の恩人(ご夫妻)の奥様です。「とうさん」として慕ったご主人は既に他界されました。
 ひな祭りも過ぎていましたが、老人ホームのロビーにはまだひな壇が飾られていました。車椅子を押してホーム内を廻りました。広い廊下を移動しながら私が童謡を歌いました。最初は無反応でした。
それでも私が歌い続けると後頭部がメロディに合わせて揺れ出しました。声は出ませんがリズムが蘇ったように手も動き出しました。
「うれしいひな祭り」を歌ってから「背くらべ」に移って歌い続けました。♪柱に凭れりゃ すぐ見える 遠いお山も 背くらべ ・・・♪と快調に歌い続ける私に「ちがう」とクレームが付きました。
初めての反応です。歌を止めて「ちがってた?かあさん!」と言うと「うん」とハッキリと言葉が返ってきました。
 嬉しさに泣き崩れる妻と、もらい泣きする小生を交互にじっと見ながら「泣いちゃダメ」と言いたそうに辛そうな表情になりました。
 急いで涙を拭いて、車椅子を押して歩き出しました。「歌の力」は凄い。思い出の流行歌も歌いました。「かあさん」の嬉しそうな満面の笑みは何年ぶりに見ただろうか。歌の力に感動した妻も一緒に廊下を歌って廻りました。歌を歌えば表情が出る。嬉しさが笑顔を表出させる。面会直後の硬い頬の筋肉は、歌がその筋肉を緩ませま
した。85歳の認知症の老婆と童謡は無縁ではない。有効な「架け橋」だと改めて認識した訪問だった。
    [KUMON] 教育を考える 6月2日号  
    認知症の「かあさん」に笑顔が復活~角田 明さん

     

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