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March 11, 2008

老いの役割


 2002年から研究会で望ましいシニア像について議論してきたシニア社会学会では、このほど『シニアから、52の提言』と題するハンドブックを発行。「老いる権利」を社会権の中に位置づけるべきだと提案している。「効率の尺度でシニア世代を測れば動きの速さや持久力が劣り、年をとった人はすべてアウトになる。効率とは異なる、人間の観点が欠かせない。そこで出てきたのが老いる権利である」と説明するのは、研究会の座長浜口早稲田大学名誉教授(社会学)。医療や介護費用がかさむ中で、公的な出費をいかにカットするかの議論ばかりが盛んな効率一辺倒に見える社会への反旗である。同ハンドブックでは、シニアの役割についても提言している。例えば「Wメン」。WはWatchの頭文字で、定年退職者らが専門知識や経験を生かして企業の行動を分析・批判する監視人になることなどを提案している。
 一方、団塊世代の動向を調査している博報堂エルダービジネス推進室の阪本節郎氏は「新しい大人文化」をキーワードに、今後のシニアの役割を指摘する。
 「定年を過ぎて徐々にフリーの生活に入っていく団塊世代は、生涯現役感覚を持っており老けこむことがない。ずっと普通の大人として生きるだろう。1970年前後に若者文化を猛烈なスピードで作ったように、新しい大人文化を造る可能性がある」と語り、「品格を持った人はどうあるべきか、新しい大人の規範を作ることにもなるだろう。そんな役割を自覚すると暴走などできません」と。

 これからの老いの役割は、社会の監視人か文化の担い手か。
いずれにしても、責任重大です。

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Comments

あおめ様
ようこそ。シニアの役割を果たせないままで、年を重ねているという自覚があるとはいうものの、鏡見たり、転んだり、物忘れが続かない限り、のんきにしています。
まぁ、物言わぬはなんとやらです。年に免じて、魔女に甘えて罵詈雑言?お許しください。

Posted by: 魔女っ葉 | June 06, 2008 at 08:53 PM

はじめまして、あおめと申します。
魔女と竜の好きなおばさんです。
プロフィールの顔写真に引かれ迷い込みました。

大人愉快団に入って、周りに同年齢の方がたくさんいらっしゃるので、つい自分の年齢を忘れがちになっておりました。

「大人であるころを自覚しないまま大人になってしまった大人」ということを聞いたことがありますが、顧みれば自分は、シニアになったことを自覚しないままシニアになろうとしているようです。
決して軽くないシニアの役割について、考えてみたいと思います。

Posted by: あおめ | June 06, 2008 at 12:54 PM

begaさん
本当に、「長くなる」なんておっしゃらずに、心おきなくお話したいですね。
当方お話しすると笑い話ばかりの、老いの日々ですが、「オンナはギをいうな」という男尊女卑のクニで育ちましたから、のびのびと発言できる時代に間に合ってよかったとは思っています。
またね。   魔女っ葉

Posted by: 魔女っ葉 | March 13, 2008 at 05:16 PM

我家はこちらで言われる老人世代ですから先回のことも今日のこともよくわかります。
大人しい老人と言いますが、それはイコール大人しい日本人のことではないでしょうか。
人は生きてきたように年をとって死ぬといいます。
今まで声をあげない社会に暮らしてきて、老人になったからと言っても変われないと思います。
どうして?と思うくらい不条理に対して声が上がらないのは日本社会ですね。
個人でも全体でも。
でも少しづつ変化はしていっているでしょう。これからの老人力に期待です。

周りを見ていると今までの老人に比べ、団塊の世代の老人は確実に社会進出に積極的です。
ただバランス感覚の点で、サラリーマン時代の垢が抜けないのは否めませんが。
長くなるのでまた。

Posted by: bega | March 13, 2008 at 01:58 PM

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