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March 31, 2008

やさしい目を持って「ジェロントロジー」を学ぶ

  「ジェロントロジー」は老年学・老人学とも訳されるが、決して“老人”だけを研究するのではない。
目の前を通り過ぎる時の速さ、環境、科学、自然が、どのように変化しようとも「社会は社会らしく営まれ、人は人らしく生きるにはどうすればよいか」を考えるもの。一人一人が自分らしく生きるための最善の方法を探し出すための活動である。(河合和、三好重恭「シニアビジネスに役立つジェロントロジー」より)
 人が生まれてから死ぬまでの間を、人間らしく尊厳をもって生き抜くための研究なのである。

  私たちは、一人一人違った個性を持つ人間である。
そして、私たちは一人で生きているのではない。相互に補完しあって成立する世界こそが、人間らしい生き方を可能にする。お互いの存在を認め、尊重することによって自分は生き、また生かされているという、内なる“やさしい目”を自覚すればいいのである。
 金子みすずの詩を思い出す。
 「みんな違ってみんないい」と。

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March 30, 2008

3月30日の日曜日

 フランシーヌの場合は
 あまりにもおばかさん
 フランシーヌの場合は
 あまりにも切ない
 3月30日の日曜日
 パリの朝に燃えたいのちひとつ
 フランシーヌ

 フランシーヌ・ルコントは、30歳のフランス人女性だ。69年の3月30日、パリでシンナーをかぶって焼身自殺をした。場所はベトナム戦争を巡って行われていたパリ拡大会議の会場近くであり、ビアフラ内戦に関する新聞記事を持っていたことから、そうした出来事に抗議する自殺ではないかと報じられた。 関係記事(http://banyuu.txt-nifty.com/21st/2004/11/post_14.html)
 この女性は、ベトナム戦争やナイジェリア内戦に心をいため、自殺した時は、ビアフラの飢餓についての切り抜きを持っていたという。
 フランシーヌ・ルコントという遠い国の、見知らぬ女性の死に、心を動かされた日本人がいた。作曲家の郷伍郎氏と、作詞家のいまいずみあきら氏だ。二人はこの事件から受けた感動を、たちまち一つのフォークソングに書き上げた。これが新谷のり子が歌って大ヒットした「フランシーヌの場合」である。

 二番は次のようになっている。

 ホントのことを云ったらオリコウになれない
 ホントのことを云ったらあまりにも悲しい
 3月30日の日曜日
 パリの朝に燃えたいのちひとつ
 フランシーヌ

 三番はこんなふうになっている。

 ひとりぼっちの世界に残された言葉が
 ひとりぼっちの世界にいつまでもささやく
 (以下繰り返し)

 焼身自殺で何が変わるわけでもないことは、フランシーヌ・ルコント自身が一番よく知っていたに違いない。しかし、彼女の死はいつまでこの歌とともに人々の心に残り続けている。
 世界がますます悪い方向に向かっているいま、フランシーヌの死の意味を考えてみるのも、決して無意味ではないだろう。

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March 25, 2008

政治や経済や文学も勉強しよう

 石垣りんさんは、50年も前に女たちへのエールを歌った。

 それは長い間
 私たち女の前に
 いつも置かれてあったもの

 自分の力にかなう
 ほどよい大きさの鍋や
 お米がぷつぷつとふくらんで
 光り出すに都合のいい釜や
 劫初からうけつがれた火のほてりの前には
 母や、祖母や、またその母たちがいつも居た。

 その人たちは
 どれほどの愛や誠実の分量を
 これらの器物にそそぎ入れたことだろう、
 ある時はそれが赤いにんじんだったり
 くろい昆布だったり
 たたきつぶされた魚だったり

 台所では
 いつも正確に朝昼晩への用意がなされ
 用意のまえにはいつも幾たりかの
 あたたかい膝や手が並んでいた。

 ああその並ぶべきいくたりかの人がなくて
 どうして女がいそいそと炊事など
 繰り返せたろう?
 それはたゆみないいつくしみ
 無意識なまでに日常化した奉仕の姿。

 炊事が奇しくも分けられた
 女の役目であったのは
 不幸なこととは思われない、
 そのために知識や、世間での地位が
 たちおくれたとしても
 おそくはない
 わたくしたちの前にあるものは
 鍋とお釜と、燃える火と

 それらなつかしい器物の前で
 お芋や、肉を料理するように
 深い思いをこめて
 政治や経済や文学も勉強しよう、

 それはおごりや栄達のためでなく
 全部が
 人間のために供せられるように
 全部が愛情の対象あって励むように。

     石垣りん詩集「私の前にある 鍋とお釜と燃える火と」より

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March 22, 2008

花間に 隠れ居たるや

 3月も旬日を残すばかりとなった土曜日、娘の住む北摂の小さな公園の不釣り合いなほどの大きな桜の木が、開花を始めた。
「濃い夕闇の底から自ら発光するかの如く、花が立ち上がる姿は、おもわず溜息を吐くほど艶麗である」。(森村誠一、写真俳句歳時記、「本当の時代」4月号、PHP研究所)
 花びらの重なり合う奥、花の間から覗く情景には、長い時間貯えられていた恋の秘史があるように思える、とこれも森村さん。
 恋ばかりではない。
 桜の名所吉野山の歴史も興味深い。今から1300年前、役行者が金峯山寺を開くとき、感得した蔵王権現を桜の木に刻んだことから、ご神木として保護され、蔵王権現を本尊とする金峯山寺への参詣もさかんになり、御神木の献木という行為によって植え続けられたという。吉野には源義経と静、南北朝時代の後醍醐天皇など、様々な場面で歴史の舞台に登場する。豊太閤秀吉の花見の宴も史実であろう。
 確かに、花と歴史は切っても切れない間柄にある。

  花間に
   隠れ居たるや
    恋の秘史   (森村誠一)

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March 18, 2008

母と別れる

 北京オリンピックの開催を揺るがすほどの問題にもなっているチベット騒乱である。
16日、チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世(72)は、インド北部ヒマチャルプラデシュ州ダラムサラでの会見で、チベット騒乱をめぐる中国当局の対応を激しく非難した。ダラムサラからの報道によると、ダライ・ラマ14世は寺院で行われた会見で、チベット自治区ではチベット人が「2級市民」として扱われており、その結果、「文化的虐殺が起きている」と中国を非難。北京オリンピックについては、国際社会は中国に対し五輪ホスト国にふさわしい対応を取るよう促す「道義的責任がある」と強調したという。( 3月17日8時1分配信 産経新聞)
 中国当局が「(騒乱はダライ・ラマ14世側による)組織的な破壊活動だ」と主張しているのに対し、ダライ・ラマ14世自身がカメラの前で真っ向から否定し、国際社会に改めてチベット問題を提起する狙いがある。
 17日未明、中国の国営通信新華社はラサの大規模暴動について「10人の罪のない群衆が殺された」などと国内向けの中国語記事を配信、17日付の一部中国紙が掲載した。中国メディアは報道規制を受けており、これまで死者数情報などを伝えていなかった。しかし、「私が得ている西側情報筋の話などでは、死者は最悪の場合数百人単位にのぼっているだろうという。衛星からの監視では路上に点々と死体があったとの情報があり、これに観光客などの話の中にちらりと出てきた“死体を載せたトラックが走っていた”という事実」も無視できない(勝谷誠彦の××な日々。deliver@katsuyamasahiko.jp)。
 チベットには「母と別れる」という言葉があるそうだ。
自分の言うことが違っていたら最愛の母とも死に別れる。つまり偽りのない誠実の誓いの表明だという。偽りの情報に、人類普遍の価値観や倫理観を押しつぶされてはならない。

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March 17, 2008

脳は只今成長中

 最近の研究で、脳を使うほど鍛えられる部位が発見されたという。
「ストリアツム(線条体)」なるもので、この部位は経験によって知恵を蓄え、直感を働かせるらしい。それと同時に、箸を持つ自転車に乗るなど、経験や訓練によって身につけたことを基に、無意識に体を動かす部位でもある。
 丸暗記では、子どもや若者にはかなわないが、原理について悟ったり、応用して生活の中に活かしたりする知恵や直感を生かした勉強は、年をとるほど出来るようになるということ!
 「トシかなぁ」と嘆く昨今、「諦めるのは早すぎる、脳の成長は止まらない」とは、何と嬉しい発見ではないか。

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March 16, 2008

70歳で挑んだ源氏物語訳

 瀬戸内さんが、『源氏物語』現代語訳を手掛け始めたのは70歳だった。
1990年ごろの我が国は、急速に力と自信を失い始めていたと瀬戸内さんは言う。
 それまで教育の充実や経済成長を足がかりに、世界でトップクラスのレベルを保っていた国力が、あっという間に先進諸国の中で最下位近くまで落ち込み、政治も経済も弱く日本へのバッシングも目立っていた。
 そのような状況で、作家である自分に出来ることを考えた瀬戸内さんは、日本人一人ひとりに自信を取り戻してもらいたいと、世界に類のない千年前の『源氏物語』の凄さをもう一度知ってもらうことを思い立った。54帖という長編を、70代の作家生活を費やし、日本人よ誇りを取り戻せと願いながら取り組んだという。
 どのような時代でも、どんな国でも、過酷な逆境を生き抜いていけるのは誇りがあるからだ。大人は心して子どもにも誇りと自信をもつことを教えなければならない。
 瀬戸内さんは、「日本の未来は、今そこから始めなければなりません」と語っている。(仕事力「持つべきは誇り」3/16、朝日新聞)

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March 14, 2008

 「うそは常備薬、真実は劇薬」

 久しぶりに、河合隼雄ファンの娘の友人が遊びに来てくれて、娘も一緒にひとしきり、河合さんのどの本が一番好きかという話で盛り上がった。
河合隼雄さんが脳梗塞で倒れられたのは、2006年の8月、その1ヶ月くらい前だったか、お若い仲間とのフルートアンサンブルを聴いたばかりだった。
 河合さんの終生かわらぬ中心的なテーマは、「人間のこころ」だったと思う。科学が発展し、世の中がどんなに便利になっても人のこころのことはわからない。河合さんは徹頭徹尾、このわからなさを大切にした人だった。『こころの処方箋』をはじめとする、軽妙で味わい深いエッセイ群にはそれがよく表れている。
 「うそは常備薬、真実は劇薬」というフレーズは魔女のお気に入り。世の理不尽に拳を振りあげたくなったとき、人間関係のしがらみに泣きたくなったとき、同書に綴られた55章が、真剣に悩むこころの声の微かな震えを聴き取り、トラブルに立ち向かう秘策を与えてくれる。

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March 12, 2008

600年の昔生まれた“うつくしきもの”

  「生を敬い死を畏れ、神がまだ人とともにあった」600年の昔、日本では能が、中国では昆劇が生まれた。京都・南座で上演中の『阪東玉三郎 中国・昆劇 合同公演』は、積年の憧れを胸に単身中国に渡った玉三郎と名門・紅蘇省蘇州昆劇院の役者たちの合同公演である。
  明代に成立した「牡丹亭」全55幕から前半の名場面3幕5場。昆劇の代表作である。ヒロイン・杜麗娘を玉三郎と、2人の昆劇役者 が分担して演じた。
 舞踊「楊貴妃」は、能を素材に玉三郎が練り上げた創作舞踊で、長唄を昆劇の歌唱に移したもの。性も国も時も越えた玉さまの魔性の美は、そのまなざしに傾国の愛と憂いを宿し、舞台上の電光日本語字幕に目を移す間も惜しまれるほどであった。感情豊かな舞踊と歌に身をまかせるのみの時間が過ぎる。
“うつくしきもの”に満たされた夢舞台。
 600年の昔、人生は短くとも時の流れは今よりゆるやかに、豊かであったのだろうか。

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March 11, 2008

老いの役割


 2002年から研究会で望ましいシニア像について議論してきたシニア社会学会では、このほど『シニアから、52の提言』と題するハンドブックを発行。「老いる権利」を社会権の中に位置づけるべきだと提案している。「効率の尺度でシニア世代を測れば動きの速さや持久力が劣り、年をとった人はすべてアウトになる。効率とは異なる、人間の観点が欠かせない。そこで出てきたのが老いる権利である」と説明するのは、研究会の座長浜口早稲田大学名誉教授(社会学)。医療や介護費用がかさむ中で、公的な出費をいかにカットするかの議論ばかりが盛んな効率一辺倒に見える社会への反旗である。同ハンドブックでは、シニアの役割についても提言している。例えば「Wメン」。WはWatchの頭文字で、定年退職者らが専門知識や経験を生かして企業の行動を分析・批判する監視人になることなどを提案している。
 一方、団塊世代の動向を調査している博報堂エルダービジネス推進室の阪本節郎氏は「新しい大人文化」をキーワードに、今後のシニアの役割を指摘する。
 「定年を過ぎて徐々にフリーの生活に入っていく団塊世代は、生涯現役感覚を持っており老けこむことがない。ずっと普通の大人として生きるだろう。1970年前後に若者文化を猛烈なスピードで作ったように、新しい大人文化を造る可能性がある」と語り、「品格を持った人はどうあるべきか、新しい大人の規範を作ることにもなるだろう。そんな役割を自覚すると暴走などできません」と。

 これからの老いの役割は、社会の監視人か文化の担い手か。
いずれにしても、責任重大です。

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March 10, 2008

シニア社会の色合い

 団塊世代が60歳を超えはじめ、次々とシニア層入りしている。老いとは何か、改めて問う動きも活発だ。
 10年前の『老人力』(赤瀬川原平著)は、衰えゆく高齢者への見方を一変させた。物忘れしやすくなった自分を「老人力」がついたと笑い飛ばす同書がきっかけとなり、老いの前向きな評価が広がった。これに対して昨年出版された『暴走老人!』(藤原智美著)はサービス産業化や携帯文化の全盛の中で、戸惑う老人にスポットを当てた。店での注文の仕方など社会の「新常識」に順応できない順応できない高齢者が情動を爆発させる。そうした現象を生む社会システムのあり方に警鐘を鳴らした。
 しかし、日本のシニア層が一般に静かで紳士的なことに、違和感を抱く専門家もいる。『なにぶん老人は初めてなもので』などの著書がある精神科医の中沢正夫氏。「日本の老人はどうしてこんなにキレないのか」という。医療・介護で様々な壁に直面しているにもかかわらず「怒って立ち上がることがない」と欧米との違いを指摘する。 
 役所の窓口で怒鳴る「暴走老人」はいても、社会的な運動にまでいたる例はあまり見かけない。
 シニア向けウエブサイトを運営するE-OJISAN の国安理事長も、シニア層当事者として「腰を上げない人々」にやや徒労感を覚えることがあるとこぼす。「催しをしても、呼びかけた人の約二分の一は全く動かない。残りの半数は参加するが、主体となって運営に係ることはない」と。
 シニアの社会活動を考える場合、この「腰を上げない人々」の存在は大きな考察のテーマになりそうだ。

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March 09, 2008

認知症になっても心を通わす

 これまで認知症にかかれば、何も感じず、何も考えられないなどと思われてきた。しかし、認知症の世界にも、その人なりの感情や考え方が生きており、そしてそれは、その人の歩んできた人生や価値観などに裏付けられているもの。自らの認知症体験を書き記した「私は誰になっていくの?(クリエイツかもがわ) 」の著者、クリスティーン ボーデンさんは、「認知や感情がはがされていっても、本当の自分になっていく」だけだと語っている。 
 
 認知症のお年寄りを支える人の間で注目される「かかわり方」の一つにバリデーションという手法がある。知的機能は低下しても、人とのつながりや感情は最期まで保たれる認知症の人の心の世界に寄り添い、支えようというものである。米国のソーシャルワーカー、ナオミ・フェイルさんが生み出した療法で、お年寄りの気持ちに共感し、そのまま受けとめることで、互いに気持ちを通わせることができる。
 具体的なテクニックは、
1.センタリング(精神の集中)
2.事実に基づいた言葉を使う
3.本人の言うことを繰り返す
4.極端な表現を使う
5.反対のことを想像する
6.過去に一緒に戻る
7.真心をこめてアイコンタクトをする
8.あいまいな表現を使う
9.はっきりとした低い優しい声で話す
10.相手の動きや感情に合わせる
11.満たされていない欲求に目を向ける
12.好きな感覚を用いる
13.ふれる
14.音楽を使う
(NHK「生活ほっとモーニング」より)

 バリデーションを通じて気持ちを通わせ、安らぎを見出す認知症の老女と、心の成長を果たす中年女性を描いた一人舞台『星星の扉』が横浜で上映される。(問合せ先:ドルフィンプロダクション☎03-3352-1822)

 

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March 07, 2008

薩摩の姫のグローカリズム

 現在、日本のどこで生きるにしても、そして誰であっても、“グローカリズム”の洗礼を受けざるを得ない。グローバル(国際的)な感覚を持ち、ナショナル(国際的)な問題意識を忘れずに、ローカル(地方)で生きていく。
 大河ドラマ『篤姫』を、この“グローカリズム”という視点で分析した人がいる。(堂門冬二、「メディア瓦版」、ステラ3/7号)
・国際(グローバル)状況
産業革命後の欧米列強は、自国の過剰生産品の販路をアジアに求め、とくに中国(当時は清)を最 大のマーケットとして、先を争って押し寄せている。はじめは中継点と考えられた日本も貿易相手 として注目され始めている。
・国内(ナショナル)状況
泰平の眠りを覚ましたアメリカのペリーは、大統領の親書で開国を迫り、半年後に返事を貰いに来 ると言って帰 国。幕府は、このことにいかに対応するか苦悩し、国内体制の思い切った改革を思い 立つ。総責任者は老中首座の阿部正弘。
・薩摩藩(ローカル)の状況
阿部がもっとも頼りにする島津藩主島津斉彬は、かねてから開明的な考えを持っており、中央政治 参画の志もある。しかし薩摩藩は外様大名ゆえ政権の座にはつけない。琉球でもいろいろ問題が起 きている。

 そんなときに将軍家慶が死去、あとを継いだ家祥の結婚問題が起こり、斉彬の養女篤姫がその有力候補になったのである。幾島による多彩なお姫様教育を受けながら、もう一方では“グローカリズム”を、身につける必要があったと言えようか。史実では、養女になったのが嘉永6(1853)年3月、鶴丸城にはいったのが6月、江戸への出発が8月21日、江戸藩邸到着が10月23日で、17歳の身にとって激動の1年間であった。
 今後の大河ドラマ『篤姫』は、このグローカリズムの実践を迫られた薩摩の元気なお姫様の奮闘記としての展開を見せるのだろうか。

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March 06, 2008

歩道を走る自転車

 警察庁は6日、自転車の運転について、13歳未満の子どもや70歳以上のお年寄り、身体障害者の場合は道路標識がなくても歩道を走れるとする道路交通法施行令改正案をまとめた。自転車は車道歩行が原則だが、こうした交通弱者は車に巻き込まれる危険性が高いという判断によるものだという。
 堀口大學さんの詩に、大きな荷物を持って鎌倉の若宮大路を歩いていて「そこのけ、そこのけ、バイシクルが通る」と少年の乗る自転車に突き飛ばされそうになり、「お助けください、将軍様」というのがあった。
 いまどきの高齢者は、我が身は自分でしっかり守らないと、警察庁も将軍様もちょっと心もとない。

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March 05, 2008

木を植える

 木々の芽がほころび始めて、春が近い。
身辺の緑ばかりでなく、広く地球上の芽吹きまで思い描く昨今である。
 熱帯原生林を増やす活動を、製紙会社や自動車会社などが積極的に資金援助の形で取り組んでいる。財団法人イオングループ環境財団では、アジアを中心に植樹事業を行っている。
海外での最も大きな活動は、1998年からスタートした万里の長城である。3年間で日本から4000人のボランティアが参加、中国側も学生や現地ボランティアが参加し、一緒に木を植えているという。2007年は日中友好35周年ということで、日本から1000人、現地で1000人のトータル2000人で植樹を実施した。
 昔、森だった頃生えていた木はモウコナラで、今でも自生しているところが近くにあることから、現地の子どもたちがモウコナラのどんぐりを集め、3年かけてポットで育苗、39万本植えた。
 イオンでは、新店舗がオープンする際には必ず店舗周辺に客と木を植えるという。2000人とか3000人のなかには子どもたちも多く集まる。今の子どもたちは土に触るという体験がないので、とても喜んで一生懸命植える。そして自分の植えた木がちゃんと育って大きくなっていくかと関心を持つ。そのことが木や自然や環境ということに関心を持つ心を育むきっかけにもなっている。

 イオン会長の岡田卓也氏80歳の誕生日に谷川俊太郎さんがプレゼントした詩である。

  木を植える
        谷川俊太郎

 木を植える
 それはつぐなうここと
 わたしたちが根こそぎにしたものを

 木を植える
 それは夢見ること
 子どもたちのすこやかな明日を

 木を植える
 それは祈ること
 命に宿る太古からの精霊に

 木を植える
 それは歌うこと
 花と実りをもたらす風とともに

 木を植える
 それは耳をすますこと
 よみがえる自然の無言の教えに

 木を植える
 それは智恵それは力
 生きとし生けるものをむすぶ

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March 04, 2008

老女の意思

 19世紀末、明治時代から始まった日本の産業革命に伴い、石炭需要は激増した。北海道や九州を中心とした各地の炭田では、三井・三菱などの財閥系の大規模なものから主に独立系企業が運営する零細なものまで数多くの炭鉱(炭坑)が開発されたが、その労働条件は厳しく、子どもも含めて長時間労働が恒常化していた。

 『からゆきさん』などの代表作を持つ森崎和江さんに、かつて筑豊の炭鉱で坑内労働をしていた老女たちの聞き書き集『まっくら』がある。さまざまな地域から流れてきた貧しい人々に、炭鉱は過酷な労働の対価として日々の糧を提供したが、女も地下で男と一緒に働いたという。
 14歳から坑内労働をしてきた老女の話。
赤不浄(=月経)の女が入坑すると事故が起きるといわれ禁忌とされていたが、彼女は「人に知られんごと入った」。休めば家族が飢えるからである。「赤不浄は入っちゃならんというが、あれは嘘。わたしはかすり傷ひとつせんじゃった」と語るこの老女は最後にこう断じる。
「意志ばい。人間は、意志ばい」と。

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March 03, 2008

2人の食卓

 ひな祭りの今日、壇上のお二人は白酒を召しあがり、あられをつままれるのだろうか。
 信じられないような食の問題がいろいろと物議を醸す昨今である。
そんな中で、日本発の国際貢献活動「テーブル・フォー・ツー」がある。
飢餓問題に苦しむ途上国と、食べ過ぎなど生活習慣病が増える先進国との「食の不均衡」を解消するのが狙いで、『途上国と先進国の人が時間と空間を越えて食事を分かち合うことから「TABLE FOR TWO」と名付けれられた。毎年1月にスイスで開かれる世界経済フォーラム(ダボス会議)の関連会議で、古川元久衆議院議員、近藤正晃ジェームズ・東京大学准教授らが中心となってアイデアを提唱したのだという。
低カロリーのメニューを選べば、食事代の一部20円が国連の世界食糧計画(WFP)に寄付され、アフリカなどの学校給食費にあてられる仕組みである。20円は途上国での学校給食1食分の費用。一つの食事を途上国の見知らぬ子どもと分かち合うという意味で「2人の食卓」と呼ばれる活動である。
 横浜市や伊藤忠商事、富士通などが昨年から社員食堂で導入し、社員の肥満防止や健康増進が途上国支援につながることが共感を呼び、インドや米国など海外にも輪を広げつつある。
 晩年、ユニセフ親善大使として、飢餓や病気に苦しむ子どもたちのために力をつくしていたオードリー・ヘプバーンの魅力的な容姿はいつまでも忘れることはない。
彼女の好きな詩、米国人作家、サム・レベンソンの「時の試練をへた人生の知恵」は次のような一節から始まる。

魅力的な唇のためには、やさしい言葉を口にしなさい。
愛らしい瞳を持ちたいなら、他人の良いところを探しなさい。

ほっそりとした体を保ちたいならば、
おなかをすかせた人に食べ物を分けてあげなさい

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