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March 31, 2006

明日はエイプリルフール

4月1日は、罪のない嘘で人を驚かせることが許される日。
海外のメディアは、工夫を凝らした嘘をニュースで流す。
1957年、英国のテレビ局は「スイスでは木にスパゲティがなる」と報道。放送後「その木を入手したい」という問い合わせが殺到したという。
一方わが国では、30年近くも前の話らしいが、テレビキャスターが「米大統領が宇宙人との更新に成功した」とやったところ、「ふざけるな」と抗議の嵐だったとか。
 「嘘を楽しむ」のも、結構難しい。相手を選んで、シチュエーションを図って、素材を吟味して・・・・・・。
だんだん面倒くさくなってきた。

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March 30, 2006

祈らないで信じる 

 テクニカルライター 高橋浩子さんは、最近、「御多幸とご発展を信じていますよ」というメッセージカードを受け取ったという。(週刊★高橋浩子の日本一“お気楽”なパソコンマガジン★~第202(Vol.202)号~)
そして“たとえ社交辞令でも、こういてもらえるって、とってもうれしいことですね。信じるパワー、信じられるパワーって、めちゃくちゃでっかいものみたいです。
私も彼にあやかって、直感でいいな、と思ったことは、祈るよりも「信じています」と言うように心がけてます”と。
 確かに、これまで多くの人に「祈られたこと」は何度もあるが、表立って「信じている」表明はないような気がする。
 高橋さんも“最初は「へぇ~、信じてくれてるんだ」くらいで、これといって実感はわかなかったのですが、だんだんといい感じになってくる”と言っているが、改めて、「祈る」ことを一歩進めて、積極的に前向きに自他ともに「信じたい」と思うエピソードだった。

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March 28, 2006

新「亭主関白」が熟年離婚を防ぐ

 「全国亭主関白協会」(全亭協)なるものが福岡県久留米市にある。関東や岡山にも支部があり、会員は29人。女性団体が聞けば目をむくような名前は、実は「関白といえど、天皇(妻)にはかなわない」が前提で、夫婦げんかを円満に回避するための心と技を競いあう平和主義の男たちの集まりだという。
 入会すると、妻とのエピソードをもとに関白道の段位が認定される。
最高位の十段は、女房に「『あなたのような亭主関白は見たことも聞いたこともありません』とのお墨付きをもらっている人(女房の署名が必要)」で、現会員の最高段位は八段。なかなか基準が厳しいということか、現状に即していないというべきか、「公式認定基準」に対して、八段:「ありがとう」をためらわずに言える、九段:「ごめんなさい」を恐れずに言える、十段:「愛してる」を照れずに言えるという、門外不出の「ウラ認定基準」というのがあるらしい。
 昨今巷では熟年離婚が増加しているようだ。会長の天野さんは、団塊の世代が大量に退職する「07年問題」は、同時に妻から三くだり半を突きつけられるケースの急増につながりかねないと憂い、「全亭協こそ、熟年離婚を防ぐ唯一の手段だ」と力説、会員の増加を呼びかけているが・・・・。

    「毎日新聞」鹿児島ニュース - 3月28日(火)15時1分

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March 27, 2006

住所を知らない人にもお届け物

4月、新年度を目前にいろいろと慶事が続く。
お祝いも何にするか、嬉しい悩みである。
伝統や慣習を重んじたほうが喜ばれそうなケースもあるが、昨今、メル友やネット上のお付き合いのかたにも何かプレゼントしたい場合がある。
メールアドレスは知っているが住所はわからない。
さて、どうするか。
ご住所を問い合わせるのも、なんだかイマイチスマートではないし。
 「メールdeギフト」という手があった。
プレゼントを選びメッセージをつけて送ると、受け取る側には専用ページの案内が付いたメールが届く。相手は、そのページで、送って欲しい住所や日時を指定するという仕組み。
 メールばかりのやりとりで、住所も忘れてしまった彼の人にサプライズプレゼントしてみてもいいかも・・・。

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March 26, 2006

桜情報、花盛り

 いよいよ桜の開花の便りが届き始めた。
 なぜこんなにも桜のお花見は私たちのこころをとらえるのか。
「桜の花が咲くことがそんなにも日本人にとって嬉しい出来事なのか」と不思議だる外国人もいるという。 農耕のはじめの季節春を表す一番のサインは桜の花だ。そして、この桜のさは「田んぼ」を意味し、くらは「神座」を意味すると民族学では言われている・・・・・・。
ただ、桜の季節は短く、つい見逃すことも少なくない。
ネット上では、全国のお花見の名所情報をチェックできるサイトを関連各社が展開している。
開花状況を画像で見られたり、宿泊や宴会の手配まで出来たりと機能も充実しており、クリックするだけでその場所の地図や天気予報を掲載したページに飛ぶことも出来る。
 お花見2006
  http://woman.excite.co.jp/garbo/sakura/
 桜・花見ガイド2006
http://www.its-mo.com/seasons/spring/
 全国桜最前線2006
http://www.cabletown.tv/

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March 25, 2006

網膜に焼きついた北国の春光

3月も残り少ないというのに、遊歩道の雪はまだまだ深い。
それでも台川は上流の雪解け水であろう、音をたてて勢いよく流れている。
宿の裏には、宮沢賢治の作品『台川』に 「釜淵だら俺は前になんぼがヘリも見だ。それでも今日も来た」 と描写されている「釜淵の滝」があり、滝壷は深く青い。
高さ8.5m、幅30mという巨大な岩石の上を、這うように水が流れ落ちるユニークな形状の滝。名称の由来は、滝つぼが釜の形をしているからなど諸説あるらしい。

 農学校の教師をしていた賢治は生徒を連れて野道を歩き、台川をさかのぼってここ「釜淵の滝」あたりまで地形や岩石などを調べに来た。
童話「台川」はその時の野外授業の一部始終で、生徒たちの心の動き、自然との交感を歩行者の目で実にいきいきと表現されている。

 松の木々はその宿の名の通りに佳き風情で、「かげろふか何かゆれてゐる、かげろふぢゃない、網膜が感じただけのその光だ」と賢治が言うように、我が網膜には、春の光が映った。(花巻温泉にて)

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March 20, 2006

「失敗のスポーツ」という野球に謙虚さを学ぶ

 明日WBCで、日本が決勝戦で戦う。失点率なる数字で0.01米国をしのいで奇跡的に準決勝に進み、三度目の正直で韓国を破った。
大リーグ野球が世界の王者であることを証明しようとした米国の工夫のなかに、審判のの大誤審などというのもあって、波乱続きのこの大会で嬉しい誤算の日本、あてがはずれた米国。
大リーグ史に残るエピソードに「1960年10月、ワールドシリーズ覇者を決める第7戦で、ヤンキースは同点の9回にさよなら本塁打を喫し、パイレーツに敗れる。ヤンキース4番マントルは、ピッツバーグからニューヨークまで帰る機中を泣き通した」というのがあるという。(3/20、日経「春秋」)
WBCで韓国に負けた夜、イチロー選手はヤケ酒で「荒れまくった」という記事を読んだ。
 春秋子は、「野球は最高の打者でも65%はダメだという“失敗のスポーツ”で“それゆえ人を謙虚な気持ちにさせてくれる”」と、『野球術』(G.F.ウィル)の一文を紹介している。
 打者ばかりでなく、投手の胸中も同様であろうか。
昨日の準決勝で好投の上原選手の談話である。
「今日のようなグラウンドはやっていてすごい気持ちいいなあ、素晴らしいグラウンドだなあと感じました。そういう意味で、各国のグラウンドでやらせていただきましたけれども、その国々の素晴らしいグラウンドでやっているというのが、国際大会に対して、僕が気持ち良く投げられる要因の一つだと思います」
応援も謙虚な気持ちでいこう。

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March 19, 2006

人と人とのつながり

「私は人との関係というものは、友情も愛情もぼんやりしたものだというイメージを持っている。人は自分以外の人にはなれない限り、その人がどういいう人であるのか、何を考えているのか、また自分のことをどう思っているのかわからない。
 ただ、その人がどんな人であるのか、何を考えているのか、自分のことをどうおもっているのかを想像することはできる。そして想像することしかできないのだけれど、そうして互いに互いを想像しあったところに生まれるもの、生まれたように思えることが、人と人とのつながりだと思うのである」
    (有吉玉青「雛を包む」より)

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March 18, 2006

韓国映画『僕が9歳だったころ』

公開中の映画『僕が9歳だったころ』は、貧しいけれども濃密な人間関係が残っていた1970年代の韓国で、生き生きと育つ少年の話である。
個性的な子ども達の悪戯や人々との交流は、見るものに幼い日の自分を思い出させる。なかでも、友人も母親も、大好きな女の子も守りたいのに、まだまだ非力な自分に苛立つウリムの表情が胸を打つ。
70年代の子どもたち、 大人たちの教育のあり方、韓国の田舎の町並み、それらが丁寧に描かれていて、”今”が描かれている韓流作品とは、少し違った韓国を知ることができる。
原作のウィ・ギチョルの小説「9歳の人生」(1991年刊)は、幅広い読者層から親しまれてきた作品で、TVで紹介され再び話題を呼び、130万部以上発売されたベストセラー。
 出会いと別れを体験しながら、少しずつ大人になっていく少年。
 “人間は、誰かと出会うたびに力を与え合い、強くなっていく”(訳・清水由希子)のである。

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March 17, 2006

魔女の赤い靴

 英語の言い回しに「男をつかまえるなら、赤と黄色」というのがあると言う。(河出書房新社、パオラ・ヤッコビ「あの靴、ほしい!」)
いよいよ春本番、赤い靴でもはいて出かけようかしら。

 ウインドウのたくさんの靴の中で
 レッドシューズは女王のよう。
 低くてもヒールがあっても、バックルがあってもなくても
 鮮やかに存在を謳い上げる。
 ・・・・・・
 ・・・・・・
 レッドシューズは幸運を呼び
 あっという間に月まで運ぶ。
 レッドシューズはお守りになる。
 魔術師もくれないお守りに。
 ・・・・・・
 ・・・・・・
 昼間は背中を押してくれ、
 陽気とやる気を授けてくれる。
 レッドシューズをはくと一瞬だけ
 パワーのあるチャーミングな魔女になれるから 

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March 16, 2006

武器としての精神力と英語力を身につけるために

1974年に「なんで英語やるの?」で大宅賞を受賞、わが国の英語教育に一石を投げた中津燎子さんの「英語と運命―付き合い続けて日が暮れて」(三五館)が面白い。
心臓病をかかえる中津さんは80才という年齢もあって、英語発音訓練研究・異文化コミュニケーションの訓練塾「未来塾」をはじめ、2004年“すべての活動からシブシブ撤退”。
 “文字通りの老婆”の老婆心としながらも、「小学校から新しい日本語能力開発訓練が必要であり、将来の猛獣型国際社会で生き残るためには、受験や装飾用としてではなく、武器として活用できる精神力と英語力を獲得すること」と論破する。
そして、子どもたち対象の「21世紀に向けての日本語教育」が必要不可欠と結論づけている。
「必要なときに正確な言葉で、優雅・冷静に説明できて、しかも質問が的確に出来る能力」を先ずは日本語で養わなければならないと。
昨今、若者のコミュニケーション力不足が問題にされるが、それは自国語での基礎力すらも危ぶまれているからであろう。中津さんのあげるコミュニケーションの基本点10か条をかみしめている。
 1、事実をみて、事実のままを言語化できる。
 2、その事実を正確・公平に他へ伝達できる。
 3、自分の考えを二分以内でまとめて伝達できる。
 4、自分の言いたいことの優先順位が10秒以内で決められる。
 5、事実説明と、意見表明と、感想表現を区別できる。
 6、他からの情報や話を、事実と意見と感想にわけて聞く習慣をもつ。
 7、自分が事実として知っている情報とそうでないものをわけて整理しておく習慣をもつ。
 8、他に煩わされないで自分自身が納得する自己像をもつ。
 9、冷静・公平な自己アピールが出来る。
 10、自分と直接関係がなくても、社会的な事件やトラブルを整理し、正確な情報として伝えることが出来る。

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March 15, 2006

高齢者と生き甲斐

 高齢者が住む地域に医師らが出て行く「フィールド医学」は、老年医学が専門の松林公蔵さん(京都大東南アジア研究所教授)が提案するものである。
検査して病気を見つけても完治できないことが少なくないという前提の老年医学では、病気を抱えながらも、身の回りのことをする能力をどう維持、改善して、生き甲斐をもって暮らしてもらうか、それには、高齢者の地域での暮らしを医師らがみる必要があるという。更に、日常生活機能は維持できたとしても、難しいのは“生き甲斐”である。
 松林さんたちの調査研究によると、地域社会に生き甲斐のかぎがありそうだという。
かつては家庭や仕事が精神的なよりどころであったが、いまやその機能は失われてしまった。新たなよりどころとなる可能性があるのが、地域社会ではないかと言うのである。
「今の高齢者には、農業などを通じて助け合った記憶があるはずです」という松林さんは、地域共同体を大切にするアジアの国々を廻って、「日本にもそんな社会を作る可能性が残っていると感じます」と語っている(3/10,朝日,「視点」)。

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March 14, 2006

本縫いが終わって、しつけ糸を抜く。思春期こそ、本物のマナーが身に付く

 東京都の世論調査によると、マナーが最も悪いと見られているのは10代後半の男女である。
東京大学教育学部教授汐見稔幸さんによると、公共の場での振舞い方、その場にふさわしい行動のルールを守ることがマナーで、もうひとつある社会や共同体で、習慣だとされることが守れることも必要なマナーであるという(「クロワッサン」3/25号)。
「日本人は概して“公共”という考え方が弱い」からこそ、子どもが小さいうちから厳しく「公共の場でやってはいけないことをうるさく躾けるべき」だという汐見さん。
“しつけ”というのは、着物を縫うときに仮に縫うもので、本縫いが終わったらしつけ糸は抜かれる。幼い頃に親からしつけられたことを、子どもは深いところで納得しているわけではない。思春期になって、今まで親にしつけられたことが本当に必要かという疑問を持つ。自我が育ってきた子どもは、自分なりのモラルを作りたくなるだろう。親にしつけられた糸を子どもは抜き、本縫いを始めようとする。一方で、その自我ゆえに、社会のこと、他人のことが見えなくなる。
子どもとゆっくり話し合ってみよう。
そのときこそが、本物のマナーを身につけるチャンスである。

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March 13, 2006

ブーツをはいた魔女

春も近いと浮かれた週末から一転、あられに始まり雪まで舞うという寒い月曜日であった。
しまいかけていたブーツを取り出す。
ブーツは、釣り、狩り、旅、ましてや戦場に出かけることもなかった頃の女性には、無縁であった。
気の毒にもジャンヌダルクが火あぶりにされたのは、ブーツをはいていたせいもあると聞いたことがある。オルレアンの乙女ジャンヌは、神学上の疑問に口を出しすぎただけでなく、その当時男性だけが着用していたブーツをはく習慣があったという。
 また、何世紀にもわたってブーツは、海賊や密輸者の身なりの一部であり、英語のbooty(略奪品)はboots(ブーツ)から来ている。ブーツに盗品を隠し持って密輸したのだろう。今でも、コンサートを不法に録音したディスクはbootleg(禁制品、長靴の脛の部分もさす)と呼ばれている。
 男性的な力とずる賢さ象徴であるブーツは、ペローの『長靴をはいた猫』で有名になった。彼のもうひとつのおとぎ話『シンデレラ』は、エレガントなヒールの靴で、女性の足の繊細さをあがめる話であるけれど。
 天気予報に一喜一憂しながらも、ブーツを脱ぎ捨てて、ハイヒールでお出かけする日は近い?

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March 11, 2006

馬を酔わせる?アンドロメダ

近所の公園で、馬酔木の花が満開である。
アセビ、その英名は「ジャパニーズ・アンドロメダ」。ギリシャ神話に登場する美しい娘にたとえられた名である。また、学名の「ビリス・ジャポニカ」も、ギリシャ神話の詩の女神ビリアに由来するという。
原産地日本では、花が沢山咲く様子をめでたいと見たのだろう。「栄え」の枕詞として万葉集に“馬酔木なす栄えし君”と詠みこまれている。
 万葉の相聞のうたくちずさみ
 馬酔木の花はみるべかりけり  (吉井勇)
愛らしい小花を房状に咲かせたアセビの花は、ほのかに蜜のような匂いもある。
この匂いに惹かれてか、口にした馬ばかりでなく、牛やイノシシも中毒を起こすという。
馬酔木とは、何とも現実的な名ではある。 ( 熊井明子「美人の花 伝説」より)

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March 10, 2006

愛情と手間をかけて心身ともに健全な子どもに育てることを学ぶ「親学」

最近、「親学」という言葉を耳にする。子どもたちの教育問題の終着点は、結局親の問題だと気づいた人びとが今取り組んでいるもので、現在、6つの府県が親教育の実施を考慮中であるという。

櫻井よし子さは、「日本に紹介された海外の親学や子育てのテキストを読むと、じつに具体的に問題の解決法が書かれてはいるものの、よくよく考えれば、かつての日本の親たちが心得ていた子育てに戻っていくように思えてならない」と『週刊ダイヤモンド』(2006年2月4日号)に書いている。
明治初期の日本を訪れた外国人は、日本の親たちがこのうえなく子どもを大切にする様子に一様に感嘆しているが、子どもを愛し、守るのは、まさに日本の伝統的な子育ての基本だった。日本に深く根づいていたそのかつての子育てや教育法を、今私たちは、外国から学び直そうとしているわけだ。
だが、日本の現実を眺めると、事態は急速に反対方向に変化している。若い女性たちの意識調査では、子どもを産み育てることを「負担に思う」人が全体の八割に達している(厚生労働省調査、2002年10月)。
「親学」研究の第一人者である明星大学の髙橋史朗教授は、日本の教育問題はもはや対症療法では対応出来ない深刻さだと強調する。子どもを産むからには、愛情と手間をかけて心身ともに健全な子どもに育てることが、親としてのなによりの喜びである、という素朴な原点を、社会全体で再認識したいものだ。

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March 08, 2006

高齢女性が主役、映画「百合祭」

四日、別府市の別府ブルーバード劇場で「百合祭」が上映された。
第九回トリノ国際女性映画祭の準グランプリ受賞作。原作は北海道在住の作家、桃谷方子さんの同名の作品。
 企画したのは、立命館アジア太平洋大学(APU)四年の上原仁美さん(22)ら学生や社会人の有志。作品や監督に引かれ、「学生時代を過ごした別府に恩返しをしたい」と準備を進めてきた。

 舞台は、吉行和子さん演じる七十三歳の女性をはじめ、高齢の女性ばかりが住むアパート。一人のダンディーな男性が引っ越してきたことで、女性たちの騒動が始まる。男女の平均寿命の差から、パートナーと死に別れ、孤独を余儀なくされる女性たち。作品は、高齢者差別やジェンダー(社会的性別)に抑圧されてきた高齢女性のエネルギーを生き生きと描いている。 
 「老後というと悲しいイメージがあり、気付かないうちにタブー視している問題もあると思う。新しい価値観を認めれば、これからの高齢化社会は生きやすくなるのでは」と上原さん。会場には、高齢者向けの文化教室や食事サービスといった生活情報のパンフレット、竹製の車いすなども置く。

「いよよ華やぐ」高齢女性である。

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March 07, 2006

暗号解読に、ネット貢献

去る3月2日、第二次大戦中にナチス・ドイツが暗号機「エニグマ」を使って発信した暗号文のうち、未解読のままになっていた三つの暗号文の一つを、ドイツのアマチュア暗号解読家がインターネット上の有志らと共同で64年ぶりに解読に成功したとBBCテレビ(電子版)が伝えた。((産経新聞) - 3月3日15時51分更新)
エニグマを使って発信された暗号文は当時、英国のブレッチリー・パークにあった暗号研究所で解読されていた。だが、1942年にドイツが新しい暗号システムを採用して発信した暗号文は解読できなかったという。
 95年に三つの未解読暗号文が専門誌に掲載され、アマチュア暗号解読家が謎解きに挑戦。そのうちドイツ人のアマチュア暗号解読家は、自ら暗号解読のソフトを作成してインターネット上で公開し、最終的に有志ら約2500と共同で一つの暗号文を解読した。
 この暗号文は42年11月25日にドイツのUボートから独海軍の司令官が発信したものと確認され、「連合軍の艦隊を追跡している」などと読めるという。
 暗号解読にも、ネットの威力が・・・・。

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March 06, 2006

「言花」──気持ちを伝える光の花

 NECとNECデザイン、日本SGIの3社は、人の気持ちを光で伝える電子ガジェット「言花」(KOTOHANA)を共同開発し、3月9日にドイツで開幕するIT見本市「CeBIT」に出展する。持ち主の感情を花が放つ光の色などで表現し、対話を楽しく演出できるという。

 花の形を模した端末にLEDとマイクを組み込んだ。ユーザーの話し声をマイクを通じて感情認識エンジンが解析し、発話のリズムから話者の感情を検出。「喜び」なら黄色、「悲しみ」なら青、「平常」なら緑、「興奮」なら赤──というようにLEDが光る。感情の変化は色の変化のグラデーションで表現し、感情の強弱は光の強弱で示してくれる。
携帯端末などに同じ機能を組み込んで、「相手の感情をさりげなく知るという新しいコミュニケーションを生み出す可能性がある」と期待されているらしいが、余計なお世話なような気がするのは、まだまだアナログ体質から抜けきれない魔女のサガか。

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March 05, 2006

生き甲斐の三本柱、80年のキャリア

 近くのホテルで、「全国紬大博覧会」なるものが開催されていた。地元着物屋さんのお得意さん招待のイベントらしく、食事つき、お土産付き、モデルさんのような着付けのおねぇさんがたの熱心なおもてなしは、購買意欲を妨げるものではあったけれど、目の保養をさせてもらった。

 国の重要無形文化財に指定されている芭蕉布の産地として知られる、大宜味村喜如嘉。平良和さんは九十二歳になった今も、芭蕉の繊維から糸をつなぐ「苧積み」(うーうみ)が日課だ。一ミリ足らずの繊維を小刀で裂き、糸にしていく。うつむいたままで、一日十時間以上続けることも珍しくないというが、「これがあるからぼけないんです」と笑う。友達とのおしゃべり、週に一回のデイサービスと並ぶ、生きがいの「三本柱」だという。ただ、目や手が思うようにならず、「一生の仕事」から離れてしまうお年寄りは後を絶たず、芭蕉布の従事者も減っている。

 喜如嘉の高齢女性には、七、八歳のころから「苧積み」をしていた人が多い。十代半ばに芭蕉織りを覚え、家計を助けるのが一般的だった。平良さんも十三歳から織りを始め、約八十年続けた。
 若いころは、集落のどの家でも芭蕉を作っていた。「だれかの家に大勢が集まって、おしゃべりしながらみんなで作業するのが楽しみだった」

 今はもう、そんな光景はなかなか見られない。   「長寿の島の岐路」沖縄タイムス社

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March 03, 2006

ひな祭りあれこれ

きょう、ひな祭り。
桃の節句である。
2月19日付の産経新聞によると、自分用にひな人形を買って楽しむ、シニアの女性がふえているという。
また三越日本橋本店では、「百万円以上する豪華な段飾りが、昨年の2倍ぐらい売れている」とか。

某幼稚園で、ひな人形を円陣をつくるように床に並べて飾った。段飾りを差別の象徴とみなして、排除したというのだ。一方千葉県の勝浦市では、60段飾りが話題になっている。だれも、階級のシンボルだ、差別だとは言わない。

韓非子・説難にある故事。

昔、衛の国の王様は弥子瑕という美少年を愛していて、いつも同伴していた。ある時、弥子瑕は森で桃がなっているのを見て取ってかじったところ非常においしかったので王様に勧めた。
王様は桃を食べて喜び、「弥子瑕は本当に可愛い奴だ。自分が全部食べたいのを我慢して、おいしい桃を分けてくれた」。
しかしやがて弥子瑕も年を取りすっかり男っぽくなってしまい、王様の寵愛も薄くなってしまった。王様は彼を捕らえさせ断罪、「こいつは昔、自分が食べた桃の食べさしを俺に食わせたんだ」と。

同じことをしたのに誉められたり叱られたりして評価が定まらないことを「余桃」と言う。

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March 01, 2006

大人の文化にてこ入れを

 脳科学者の茂木健一郎さんは、今、「昔のお能の上演のスピードが今の2倍だった」というデータに興味を持っているという。(「婦人公論」2/22日号、美輪明宏氏との対談より)
人生40年だったのが、80年になった。だから昔の40年とは、短いけれどもそれだけ密度が濃かったのではないかという気がするという。
 対して美輪氏は、「昔の人は、神経回路とか情念とかいろいろなものが老成して大人だったから、人生の密度が濃かった。今は70年も80年も生き、生物としての寿命が延びた分だけ、水で薄めたお醤油みたいになっちゃった。映画ひとつ見ても、無声映画の頃の女優さんは、みんなものすごく大人っぽくて美しい」と。
 この先「かわいい」文化は、放っていてもどんどん隆盛すると思うので、男も女も“ちょっと大人の文化にてこ入れを”というのは、茂木さん。
そうしないと、日本のバランスはどんどん悪くなる。そのためには、やはり歴史を知る必要があるようだ。

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