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December 31, 2005

元旦は24時間では終わらない

 2006年の元旦は、24時間と1秒ある。
この1秒の正体は、「うるう秒」。

 近年の地球の自転は徐々に遅くなっており、遅れによる誤差を修正するのが「うるう秒」であるが、ほぼ4年に1度体験する「うるう年」に比べて、「うるう秒」は忘れたころにたまにやって来て、しかも、たかが1秒のことであれば、気にしなければ意識をしないうちに過ぎてしまいがちある。
標準時の基準となっている原子時計と、地球の自転・公転のリズムとの間に生じる誤差を調整するために、国際地球回転事業(IERS:International Earth Rotation Service)という団体の決定を受け、日本では、独立行政法人情報通信研究機構が、2006年1月1日午前8時59分59秒と、9時00分00秒の間に、8時59分60秒を入れて調整する。
 うるう秒の調整は、1972年7月1日が1回目で、前回は1999年の元旦だった。

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December 30, 2005

戦後教育の反省

今年は戦後60年、戦争や平和について改めて考えさせられ、わが国の未来を想う年であった。
物心ついて、ずっと戦後の全時代を生きてきたことになるが、このところの最大の関心事は「戦後教育の欠陥」についてである。
他人のせいにするのもなんだが、何といっても、戦後教育は「日本という国」についてあまりにも何も教えてくれなかった。教わったことと言えば、いかに「日本が侵略的で凶暴な国家であったか」という自虐的な日本観だけ。
 日本という国の成り立ち、文明的特長、花鳥風月を愛でる文化など、外国人に説明しようにも、自らの知識の貧弱さに唖然とするばかりである。
誰でも自分の生まれた国のことを胸をはって説明できる、そんな教育が家庭でも学校でも必要であろう。

 早く飛ぶことや、大声で叫ぶことは自信がなくなったけれども、ブログ仲間のBegaさんとも確認しあったように「ものがよく見えるようになった。いろいろ考えられるようになった」と思う(ささやかな自己満足?)。
これからこそ、しっかり勉強したい、なすべきことを探したいと決意を新たにする年の暮れである。

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December 29, 2005

己を知って「新しい私」を目指す

 最近「自分自身を診断する」サイトが人気をよんでいるという。
その気になって調べれば、わからないことはないと言われるインターネットではあるが、診断サイトが教えてくれる自分自身には半信半疑とはいえ、妙に納得させられてしまう。
質問に答えていくうちに、思考パターンや性格がくっきりしてくる。
能タイプを12種類に分類する「あなたの脳タイプ診断ビジネス編」では、“社長になれる度数”はともかく、どんな能力に優れているか、どんな能タイプの人と相性がよいかなど結構はまってしまう。

2006年はもうすぐ。
己を知って「新しい私」を目指します。

(なお、診断サイトで名前などの個人情報を入力する場合、くれぐれもサイト運営者が信頼できるかどうかは事前にご確認ください。)

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December 28, 2005

「人間の豊かさ」にとって、長寿は必要条件だけれど

 2005年が暮れようとしている。
事故や災害がいろいろあっても、依然としてわが国は、平均寿命世界一の座を明け渡すことはなかった。
 しかし、「戦後60年」のその基点である60年前、1945年の日本人寿命は男性23.9歳、女性37.5歳であった(厚生省簡易生命表より)。
“人間50年、下天のうちを較ぶれば・・・”と信長が謡ったあの戦いの頃は、「人生25年」と言われたが、そんなに寿命が縮まったのは、戦争多くの人が死んでいったからである。
そして、「戦後60年」というのはその間に一度も戦争をしておらず、一人の国民も戦争で死んでいない(他国の人も殺していない)ということで、世界の中でも稀有なことであり、誇ってよい“実績”である。しかしそれはそれとして、「人間の豊かさ」ということを考えるとき、長寿がこのための大事な必要条件ではあるけれども、必ずしも豊かさを保障するものではないことに気付く。

 1990年、国連開発計画(UNDP)が発表し始めた「人間開発指数」、通称「人間の豊かさ」指数というものがある。
平均寿命、就学率、一人当たりの国内総生産(GDP)などをもとに弾き出される。
調査が始まった、90年、91年、93年は日本は1位だった。
そして、今年2005年、ついにベストテンから脱落して、11位になってしまった。
いくら一人当たりのGDPが高くとも、所得が一定の公平さを保って分配されていなければ「人間の豊かさ」は高まらない。男女間の賃金格差などを反映するジェンダー・エンパワーメント指数(GEM)が先進国の中で極端に低く、対象国・地域177のうち43位。42位はタンザニアである。教育の内容も、学校教育はともかく、社会人になってからも学ぶ「生涯学習」が先進国の中で低率であることが順位を下げた。
“命あっての物種”とは言うものの、“満たされざる長寿国”(内藤克人「失われた『人間の国』」『世界』2005年11月号)であってはもったいない。
(岩波書店「図書」1月号、筑紫哲也:長寿と「人間の豊かさ」)

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December 27, 2005

食育とは、味覚を覚え、奉仕の精神を養う

オテル・ドゥ・ミクニの三國清三さんは、99年から小学生を対象に「味覚の授業」を行っている。
三國さんによると、甘・酸・塩・苦味という世界共通の四味に加えて、日本人だけがもう一つ、五つ目の味覚として“うま味”という感覚を持っているという。このうま味という味覚は、昆布でだしをとって、カツオとかシイタケ、煮干などで香りをつけ、味噌汁に溶いて飲むことにより、先祖代々伝えられてきた。その伝承が断ち切られ、今の子どもたちは味覚がおかしくなってきたと心配する三國さん。
これは、食文化の喪失にもつながり、非常にもったいないことだと、小学校へ出向いて味覚の授業を始めた。甘・酸・塩・苦味それぞれの食品を持っていって味見をさせるという三年生の授業。以前は給食を残したり、食べなかったりした子どもたちにとって、味覚開花のきっかけになり、料理や食事への興味を引き出した。
 また六年生の栽培・収穫から始まる「KIDSシェフ」という授業では、世界TOPのシェフと協力してフルコースのフランス料理を作る。
自分たちで作った料理を自分たちだけでなく、学校で先生にも食べてもらうと、先生も感動する。
そして、子供たちは家に帰ってから、親兄弟や祖父母にも同じ料理を作ってあげる。
この「KIDSシェフ」の経験は、人にしてあげたいという気持ちを呼び起こす。自分が人にしてもらうのではなく、人にしてあげて、そのことに喜びを感じる。ホスピタリティ、つまり奉仕の精神を目覚めさせる。

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December 26, 2005

インド洋大津波から1年、花は咲けども

 今日26日は、インド洋大津波からちょうど1年目である。 
昨日の毎日新聞朝刊の1面に、「一面に悲しみの花」と題した薄紫色の花が目についた。
スリランカ・ピッカドゥアの海岸線に広がるがれきの中の花畑、ビンタンブラの群生である。
漁の最盛期に合わせるように、10月から翌年の4月頃まで、咲きつづける直径10センチほどのシンプルでかれんな花である。
海の恵みを人々にもたらす象徴の花が、復興にはまだ程遠い今年も健気に咲いた。

 しかし、津波の主要被災国では、1年たっても、なお犠牲者数が確定していない。
一命はとりとめたものの地元経済の立て直しが進まず、自力で生活の糧を確保できない女性や子供らを狙った人身売買が目立ち始めている地方もあるという。
インドネシア・バンダアチェ市内の再開された学校では、子供たちがテントの中で授業を受けている。

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December 25, 2005

非戦・非核カレンダー、今年も完成

 奈良市の主婦木村宥子さん(65才)は、今年も非戦・非核カレンダーを作った。
核兵器廃絶を訴えた原子物理学者の父の志を継ぎ、日常の暮らしの中で憲法の素晴らしさを知って欲しいと始めて10年。
カレンダーには、9条の条文が日本語と英語で印刷されている。
 核戦争による地球最後の時までの残り時間を示す米科学誌の「終末時計」も、45年から02年までを転載。
「私はデモやシュプレヒコールは苦手。でも、カレンダーなら部屋に飾って、いつでも眺められると思った。日常生活の中で9条を考えるきっかけにして欲しい」と木村さんは語っている。
 自民党が憲法草案をまとめるなど、改憲機運が高まっている。
新年を目前に、暦で刻む9条の心を温めたい。
                  

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December 24, 2005

サンタクロースは私たちの心の中に居場所を持つ

 脳科学者の茂木健一郎さんによると、「子供にとってのサンタクロースの真実は、それがこの現実の世界に存在するかどうかで左右されるのではない。1年に1回、自分に無償の愛を注いでくれる人がいる。そのような仮想の切実さこそが、子供の心に訴えかける」(12/22、日経夕刊「あすへの話題」より)。現実には存在せず、しかし目を閉じればありありと見える仮想だからこそ、サンタクロースは私たちの心の中に居場所を持つと。
 イギリスではクリスマスを「善意の季節」と呼ばれる。
普段は厳しい競争社会の中で懸命に生きている大人たちも、この季節だけは童心に帰り、周囲のすべての人に対して善意のまなざしを向ける。
 現実が厳しいからこそ、サンタクロースは必要とされる。
この仮想の世界を楽しみたいと思う。

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December 23, 2005

石になる

 このところの子供たちを巻き込んだ事件は、何とも痛ましい限りである。
それも、慣れ親しんだ通学路や、塾での被害は、怒りを通り越して、子供たちばかりでなく、まわりの大人たち、社会のありようをも見直さなければならない。
 そんな中、12月23日朝日新聞の「今、子供を守る」という特集の記事中で、もし怖い目にあったら、大きな声を出そう、まわりの大人のところに逃げ込もうというアドバイスに混じって「石になろう」というのがあった。
 もう逃げられないと判断したら、道端にうずくまって石になる。この姿勢は、大人でもなかなか動かしにくい、引っ張り出せない力を生み出すようだ。
山中で、熊に会ったら死んだ振りをせよという話を思い出した。
 石になって、心まで閉ざすことになったらと新たな心配はあるけれども、子どもにとって、最後の抵抗手段ではあるようだ。

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December 22, 2005

年老いた酌婦の目頭を、温かく濡らす詩

 韓国の女性詩人、チェ・エンミ(雀泳美)さんの『三十、宴は終わった』を読む。
チェさんは、1961年生まれ、ソウル大学在学中に学生運動に参加し、その深い絶望から脱した後の世界を言葉として開花させた。彼女の詩集は、100万部近くが売れ、一躍ベストセラー詩人となった。
 どのフレーズにも、緊張した言葉の花火が飛び交っているというのは、歌人の道浦母都子さん。

「私は私の詩から/お金の匂いがしたらいい」に始まり、「評論家一人、虜にできなくても/年老いた酌婦の目頭を、温かく濡らす詩/転がり転がり、偶然あなたの足の先にぶつかれば/ちゃりん!と時々音をたてて泣くことのできる//私は私の詩が/コインのように磨り減りつつ、長持ちしたらいい」で終わる『詩』と題する詩。

 韓国は朝鮮王朝時代、科挙の試験に詩作が重視され、今も詩の伝統が大切にされ続けている国だという。イ・ビョンホンさんが来日した際、ファンへの挨拶として自作の詩を披露したのも記憶に新しい。
 美しいものに心動かされたり、人を恋しいと思ったりするときの感動を言葉にする。道浦さんはそれが詩の始まりといい、今年のクリスマスプレゼントは“品物ではなく、自分で書いた一篇の詩にしてみたら”とすすめるが、魔女にはちょっと無理だなぁ・・・・。
 目頭を温かく濡らす詩に出会えただけで幸いである。

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December 21, 2005

子供たちの安全を守るもの

 このところ、無防備な子供たちが、暴力や性犯罪、営利誘拐などの対象にされているケースが、しかも無残な結果に終わるケースがあとを絶たない。
ランドセルにICチップを埋め込んでGPSで位置特定を行うシステムや、市民に不審者情報を流すという仕組みの導入・利用も始まっている。ケータイ・メールの活用というシステムの開発も実用化が近い。
 今の子供たちの親世代は圧倒的にケータイ世代である。PTAのグループなどに導入、密に張り巡らされたケータイ連絡網によって、その情報は即座に伝達され、さらに詳細情報を収集・配布し、警戒を強める。この仕組みを確立するためには、ケータイを持たない人への対応も含めて、構成メンバーの一人一人がしっかりと使い方やルールを理解し、その上で参加・実行しなければならない。このルールの決定、メンバーへの啓発普及を担当する人が必要となる。
 この役目は、ケータイを使い慣れたお母さんたちが適任であろう。
どんなシステムを導入するにせよ、子どもを守るには、地域の協力は欠かせない。
お母さんパワーによって、「ご近所の底力」が引っ張り出され、地域コミュニティが活性化される。
 子供たちの安全は、ITと「地域」で守られるのである。

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December 20, 2005

「食育基本法」の制定が浮き彫りにした飽食日本の“貧しさ”

 今年はいろいろ、おかしなこと、びっくりするようなこと、しかし、とても大事なことが多かったような気がする。
その一つが、7月から実施されている新法「食育基本法」。
 スローフードに健康食ブーム、産地直送のお取り寄せ・・・・。食にこだわる現代日本で“国民が生涯にわたって心身ともに健全に過ごすために食育を推進することが目的”というが、なぜ今この豊かな時代に?とおかしな感じがする。
しかし我々の食生活は、もはや法律で対策を講じなければならないほどんお危機的状況にある。
 「食育」とは、自分が何をどれだけ、どう食べればよいかを知るための教育である。女子栄養大学学長の香川芳子さんは、「もし日本人が昔のままの食生活を続けていたのなら、改めて食育をうたう必要はなかったのかもしれません。
しかし、ライフスタイルの欧米化や多様な加工食品など、私たちはすでに食べるものを変えてしまった。変えてしまった以上、新たな食べ方を学ばなければ、生きていけません」と語る。(「プレッシャス」11月号)
 確かに、生活習慣病の増加は、そのことを如実に表している。
「食育基本法」の制定が浮き彫りにした飽食日本の“貧しさ”とも言えようか。
食育を推進することで病人が減れば、医療費や介護ほけんなどの社会負担を抑えることも出来る。
少子高齢化に伴う多くの問題にも光明が!?

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December 19, 2005

年賀状の投函代行

 暮れの関東・関西間移動に加えて家族の引越しまで重なって、まだ年賀状の準備が出来ていない。
年末、いちばん時間と手間をとられるのは、大掃除でもバーゲンめぐりでもなく、年賀状の準備という友人も多い。
 猫の手も借りられないこの作業に、ネット時代ならではの助っ人がいる。
ポスコミ」という手である。
住所録のデータをメールするだけで、年賀状の印刷から投函までしてくれるというもの。
申し込みから投函までは、4日間を見込めばいい。送料込みで1枚あたり134円。この値段、高いのかそうでもないのか、「時は金なり」の言葉を思い浮かべながら検討中の魔女である。

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December 18, 2005

母子狐のように神々しい二人

    二人
                 宇野 愛子(香川県 61才)
 七十の
 お嫁さんの押す
 車椅子に
 九十幾つの
 お姑さんが
 乗っている

 秋の日射しよりも
 柔らかな
 秋の空気よりも
 透明な
 微笑みを湛えて――

 乳母車を押す
 母子狐のように
 神々しい
 二人が
 過ぎて行く

         (産経新聞「朝の詩」11月の最優秀賞)

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December 17, 2005

北極を出発したサンタクロースは今どこに

 寒波襲来とともに、いよいよクリスマスも近い。
今、サンタクロースは、世界のどこでプレゼントを配っているのだろうか。
彼を追跡し、世界地図上で公開するサイトがある。
北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)のサンタ追跡サイトを試してみよう。
 世界のあちこちで、自然災害ばかりでなく、大人のエゴや狂気が子どもたちの幸せや夢を奪い取っている昨今。
最近、イスタンブールからパパの転勤で帰国した3歳の幼子が、ホテルやデパートに入るたびに聞く。「ばーば、ここには爆弾はない?」「ジャパンではテロはない?」と。
せめて一緒に、北欧からやってくるサンタさんを待ちたいと思う。

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December 13, 2005

日本へ初めて持ちこまれた手帳

 今年も残すところ2週間余りとなった。
書店の店頭でも、スーパーマーケットのレジ横でも、そして雑誌の新年号付録の定番もと、新しい年への期待を込めて手帳のオンパレードである。
この手帳、いわゆる西洋式の手帳を日本に初めて持ちかえったのは、1862年(文久2年)、「文久遣欧使節団」の一員福澤諭吉だという。英国軍艦で品川を出航した一行の目的は、江戸、大阪、兵庫、新潟の開港延期をヨーロッパ六ヶ国と交渉すること。フランス、イギリス、オランダ、ロシア、プロシア、ポルトガルを巡る旅は半年に及び、福澤は通訳の任を全うした。
 当時のパリは、ナポレオン三世による大規模な都市整備が行われた直後近代的で華やかな都で福澤は一冊の手帳を購入し、ヨーロッパ滞在中の見聞を書きとめた。この手帳が、日本へ初めて持ちこまれた手帳とされ、旅先で福澤が記した内容が後に『西洋事情』等の著書のモチーフとなった事から、わが国の輸入手帳の第1号は「西航手帳」と呼ばれている。
 西欧の香りただよう手帳が、日本の文明開花をもたらしたと言えようか。

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December 12, 2005

言葉で平和築きたい

 女優の吉永小百合さんが1986年から続けている「原爆の詩の朗読会」が、節目の年を締めくくる10日に、京都市で行われた。
東京大空襲の三日後に渋谷の焼跡で生まれた吉永さんは、「戦後」と同じ年月を刻むことになるが、戦争を知らない世代に命の重みを伝えたいと言う。
 昨今、「平和を愛します」というと、「何言ってるの」といわれそうな雰囲気があるなかで、暴力や戦争に武力でしか対抗できないとしたら悲しい。この朗読会は「言葉でやりとりして平和を築けないものか、俳優として朗読が一番と思って続けている」と語る吉永さんのライフワークである。
 99年の米・ワシントン州での朗読会では、約250人の聴衆に英語で詩を紹介。
今年は、広島、長崎を含め20数箇所と過去最多の回数をこなした。
 以下、朗読詩の抜粋(12/11、日経「戦後60年」より)
 「げんしばくだん」(坂本はつみ)
 げんしばくだんがおちると 
 ひるがよるになって
 人はおばけになる

 「折づる」(栗原貞子)
 かの夏の日を追う折づるよ
 はばたいて告げよ
 原爆で焼かれた日本の
 子どもたちの願いを
 世界の人に
 

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December 11, 2005

あっぱれ、造語「食育」

 「教える」という言葉の語源は、一緒に食事をすることだろうという推測がある。
食すことを「ヲス」と言い、「食饗」を「ヲシアヘ 」と読み、複数の人間が一緒に食事することによっていろいろ伝える事が「教える」であったというのである。(平凡社『日本子ども史』)
 国立民俗学博物館教授小長谷有紀さんは、近隣の小学校で、毎年モンゴル料理を教えている。『スーホの白い馬』というモンゴル民話を読みながら、7年間で延べ600人余りの児童が手作りのモンゴル料理「ホ−ショール」を食べた。誰一人として、まずいとは言わないらしい。何しろ楽しそうだという。友達と大勢で一緒に作るという経験の共有は、素材の味を超えておいしいという幸福感を生みだしているのだろうか。
 食には、単に食べるという消費だけでなく、作るということも含まれているとすれば、なるほど「一緒に食事をすること」がそのまま「教え」に繋がっているということが納得できるエピソードである。
 「食育」という造語は、意外に深く、意義あるもののようで「あっぱれ」だ。

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December 07, 2005

死へ向かって自立していく老人たち

映画「蕨 野 行(わらびのこう」

江戸中期、その村には秘したる約定があった。六十の齢を迎えた者はみな、村を出て人里離れた原野-蕨野の丘に移り住む。
山々の雪が溶けだす春、蕨野入りしたジジババたちは8人。
映画は、処ところを隔てて心を通わせうる方途みちはあるか?
死してなお魂の生き永らえる方途みちはあるか?と問い、答えは、「応おうなり!」

詩人の谷川俊太郎さんは、「これは棄てられた老人たちの物語ではなく、死へ向かって自立していく老人たちの物語だと思います。彼らを取り巻く環境、彼らの姿かたちは、二十一世紀に生きる私たちの現実からかけ離れているように見えますが、もし彼らの魂とも言うべきものに思いをいたすならば、この老人たちは時代を越えて、この世からあの世への道なき道のたどり方を私たちに教えてくれます」と語っている。
  兵庫県映画センター「作品紹介」より
  

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December 06, 2005

種を粉に挽いてはならない

 ケーテ・コルヴィッツ展をみた。
二つの世界大戦という歴史上の大きなうねりの中を生き抜いたケーテ・コルヴィッツは、ドイツを代表する版画家・彫刻家である。
政治的変動や恐慌、戦争に見舞われた当時のドイツで、貧困にあえぐ労働者階級の人々の苦しみを描いたコルヴィッツ。その彼女自身も、大一次対戦では次男を、第二次大戦では孫をを失う。命あるものが不条理に死に追い込まれる状況に、母として、一人の人間として苦悩したコルヴィッツが生み出した作品には、彼女の魂の叫びが込められているようだった。
74歳のコルヴィッツが、彼女の「遺言」として長男に示した1枚の版画は、ゲーテの小説の一文より引用した『種を粉に挽いてはならない』と題するもので、反戦を訴え続けた最晩年の作品である。
 年老いた女が腕の下に子供たちをしっかりと抱え込んでいる。次の世代を担う子供たちを戦争で死なせてはいけない。死を目前にコルヴィッツが最後に望んだのは、つらい時代は自分の生命とともに終焉を迎え、新しい幕開けとともに平和な社会が実現することだった。
 現在に生きる私たちは、彼女の蒔いた種を育て、実らせる任を負っているのだろう。

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December 05, 2005

備えあれば憂いなし?

耐震強度偽装問題で騒がしい昨今であるが、日本で暮らしている以上、地震と縁をきることはできない。貴重品の位置は、飲料水の備蓄は、と、ただむやみに気をもむばかりである。
先ずは机の下にもぐって、身を守る。そして家族の安否確認もしなければならない。
それにしても、全く予想も付かないのが、揺れた後、部屋の様子がどうなってしまうかである。
 揺れによって家具がどのように転倒するか、また、その際の避難経路を実際の間取りや家具の配置にあわせてシュミレーションできるサイトがある。
 備えあれば憂いなしというわけにいきうかどうか、時間を見つけて試みてみよう。

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December 04, 2005

「傾聴」の可能性

 悩み相談に乗っても解決方法を示さず、ただ聴いてあげる。孤立しがちな高齢者の心のケアとして注目される「傾聴」が、今、終末医療の患者や子ども、企業人、はてはインターネットの住人らにも威力を発揮、その効用が認識されているという。(12/2、日経夕刊)
 「ネット荒らし対策」である。
参加者が匿名で交流するコミュニティサイト「カフェスタ」の運営にあたって、セキュリティ担当者が、悪意のある書き込みいわゆる「荒らし」に対応するのに今年から取り入れた方法が「聴くこと」だった。不適切な書き込みがあると自動的に削除するサイトは多いが、カフェスタでは「まず相手の気持ちになって考える」。メールを送り、主張を聴く。その繰り返しの中で「相手の存在を認め、主張を聴き、こちらで指示するのではなく、自分で問題に気付いてもらう」。
月に10件前後のケースがあるが、その後はサイトに積極的に参加する優良ユーザーに変身することが多いという。
 ネットの世界でも傾聴方法の可能性が感じられる。

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December 03, 2005

年賀状今昔

年賀状がいつから登場したのかはっきりはわからないそうだが、平安時代に活躍した漢文学の大家・藤原明衡(あきひら)が作った手紙の文例集には、年始に送る手紙の例文が入っている(12/2、日経夕刊)。
 「右改年之後
  富貴万福
  幸甚々々
  ・・・・
  ・・・・
  正月元旦」
 明治時代に郵便制度が始まり、1873年に郵便葉書が発売されると、三が日に年賀状を送る人が急増。仕分けや配達が追いつかなくなって、1906年、年末に受け付け、元旦に配達するという今の仕組みが出来たのだという。
 年賀状の発売枚数は、2003年に過去最高の約44億5000万枚に達したが、今年は40億8000万枚にとどまった。電子メールの普及などで、年賀状を出す人が減ったためとみられている。

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December 02, 2005

美人は気難しい?

12月はクリスマスの月。
町のあちこちでクリスマスフラワーの別名を持つポインセチアを見かける。
鮮やかな赤い色の“大型美人”は、「最上級の美しさ」という意味の学名がぴったりである。
しかしポインセチアの花は、この赤い大きな花びら様のものは葉で、中心にある豆粒みたいなものだという。この小さな知恵がつまったような塊は、周囲の華やかさに負けることなくしっかりと自己主張をしているようで、好ましい。
原産地のメキシコでは、5~6メートルの大木になる。昔は解熱剤に用いたというし、頼もしい美人である。
ただ短日植物であることから、日照時間が長いと赤くならない。結構気難しいのである。
 30年も前、企業戦士と称えられた海外駐在の商社マンであった友人のリビングでは、ポインセチアが赤く色づくことはなかったと聞いたことがある。夜も電気が消えることなく、飲んでは仕事をしていたという時代であった。

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December 01, 2005

Show must go on!

 この1年の世相を反映し、話題となった言葉に贈られる「2005ユーキャン新語・流行語大賞」(「現代用語の基礎知識」選)の年間大賞に、「小泉劇場」と「想定内(外)」が選ばれた。
 「小泉劇場」は、自民党が圧勝した9月の衆院選で繰り広げられた。
「想定内(外)」は、ライブドアの堀江貴文社長がフジテレビとの攻防をめぐり、頻繁に口にした言葉だ。

 大賞以外のトップテンには、夏場の軽装「クールビズ」、衆院選で郵政法案反対派に送り込まれた「刺客」のほか、「ちょいモテオヤジ」「フォーー!」「富裕層」「ブログ」「ボビーマジック」「萌え~」が入った。
スポニチ速報記事 ( 2005年12月01日 17:43)より

 こうしてみると、なんといろいろあった1年なことか。
ホリエモン君の「1年の後半に話題になったことが、受賞の遠因か」との感想がおかしかったけれど、確かに“熱しやすく冷めやすい”国民性も微妙に社会背景に反映しているようだ。
しかし、Show must go on!である。
これらの一つ一つの言葉の裏にある、現実から目を離すことなく、自分の問題として考え続けたいと思う。


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