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August 31, 2005

60年前の夏に散った若者たちへのレクイエム

 戦後60年目の今年の夏は、これまで恐ろしくて、悲しくて、避けて通りがちであった戦争のことを考えるきっかけの出来た日々であったような気がする。『特攻隊員たちへの鎮魂歌(レクイエム)』(PHP研究所)を読んだ。
 著者神坂次郎さんは、「せっせ、せっせと鳴きたてる蝉の声が“死ね、死ね”」と聞こえたと言い “我が命と引き換えに愛する人々、故郷や祖国を守ろうとした出撃する特攻の若者たちのひたむきな眼差しや、真摯な表情”がいまも目のそこにあるという。
そして“戦場から命を拾って帰ってきた私などにできることは、わが身を白熱化させ一閃の光茫を放って消えていった、今はモノ言うすべもない若者たちのあの日、あの時の姿をそしてその名を写経するように一字i一字、原稿用紙の桝目に刻み込んでいくことだけである”と書いている。
 歳月という歴史の風塵に埋もれた資料との格闘は、驚くほどの時間と根気のいる仕事であったろうことが、容易に想像できる力作である。

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August 30, 2005

今度は「ウォームビズ」

 今度はウォームビズだそうだ。
「冬は暖房に頼らず、着る」を合言葉に、空調の設定温度を低めに抑えると、その省エネ効果は、冷房を弱くして暑さを我慢するのに比べ、二酸化炭素排出量換算で4倍も大きい。
地球温暖化防止にはウォームビズのほうが重要らしい。(8/29、日経)
 中高年にとって、襟を立てろだの、ボタンをはずせだの、挙句には襟を正せ?とまで、にわかスタイリストのアドバイスに振り回された感のある今夏のクールビズ騒動だった。
しかし、なれぬ軽装のおしゃれよりは、毛糸のチョッキやセーターの重ね着、モモヒキに長袖の下着と「防寒ならお任せ!」である。
 クールビズに続く省エネ特需を願うアパレル業界、失地回復を狙うネクタイ業界そして環境省は「ウォームビズはただの厚着ではありません。働きやすく格好よいビジネスファッションです」と言うが・・・。
 今年の冬は、もう決して「ババシャツ」なんて言わせないぞ!

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August 29, 2005

ニュートンの「アハ!」体験

 ふとしたきっかけで新しい事に気づくことが出来るというのは、人間の脳の素晴らしい特徴の一つである。
例えばニュートンが、りんごが木から落ちるのを見て万有引力の法則を発見したように。
英語では、「ああ、そうか!」と気づいたときの感覚を「アハ!」という言葉で表すそうで、一瞬のうちに何かに気づくプロセスは「アハ!」体験と呼ばれる(8/25日経
「あすへの話題」茂木健一郎)。
学校時代の勉強を振り返ってみても、学んでいることを本当に納得する瞬間には「ああ、そうか」というひらめきがあった。
人類の歴史を創ったニュートンのような天才たちのひらめきとは比べようがないけれども。
 茂木さんによると、能動的な学習はニュートンの「アハ!」体験と共通の脳のメカニズムに支えられている。一生能動的に学び続けることで、人生を豊かなものにすることが出来るんだって。

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August 28, 2005

遠いいのちをひきついで さらに華やぐ娘たち

 イヤリングを見るたびに おもいます
 縄文時代の女たちとおんなじね

 ネックレスをつらねるたびに おもいます
 卑弥呼のころと変わりはしない

 指輪はおろか腕輪も足輪もありました
 今はブレスレット アンクレットなんて気取ってはいるけれど

 頬紅を刷くたびに おもいます
 埴輪の女も丹を塗りたくったわ

 くりかえしくりかえす よそおい
 波のように行ったり 来たりして

 波が貝殻を残してゆくように
 女たちはかたみを残し 生きたしるしを置いてゆく

 勾玉や真珠 櫛やかんざし 半襟や刺子
 家々の箪笥の奥に 博物館のかたすみにひっそりと息づいて

 そしてまた あらたな旅だち
 遠いいのちをひきついで さらに華やぐ娘たち

 母や祖母の名残りの品を
 身のどこかに ひとつだけ飾ったりして

                茨木 のり子「娘たち」より

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August 27, 2005

心の鎧をはずすとき、あなたの「防災」対策は大丈夫ですか

 10年前、阪神大震災を体験した実家から遠く離れた一人暮らしの30代働く女性(未婚)は、「お母さん、お母さん」と何度も大声で呼んだという恐怖を今も忘れることがないという。
 独身女性は自立心が強いと言われる。一人で生きるうちに強さや孤独と向き合うすべも身についてくる。でも強くなろうと頑張った結果、心まで固い鎧で武装してしまい、他人に頼るのが下手になることもある。
 作家でシングル女性のネットワークを主宰する松原惇子さんは「一人でも生きられるなんて格好つけても、災害時は惨めになる。避難所でトイレの順番待ちを誰に代わってもらうの。話し相手はどうづるの」と、シングル女性が震災時に助け合う仕組みづくりを進めている(8/27、日経)。
 防災用品の備えはとても大事。でも、もし心が知らず知らずのうちにカチンカチンになっていたら。そんな心をとかす、心の鎧をはずす準備も同じくらい大事なのではと思う。

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August 26, 2005

「マスコミ対策」研修と情報発信

 個人対個人、国家対国家の交流にあって、先ずは、誠実で正確な自己表明、簡潔でわかりやすい事実確認必要である。その後に、互いの主張を交わしながら、良好なコミュニケーションをとり、相互の理解を深める。
 作家幸田真音さんによると、共産党幹部を育成する研修センター「中国浦東幹部学院」の研修カリキュラムには「マスコミ対策」なるものが盛り込まれていて、そこでは記者会見の仕方まで学ぶのだという。2008年の北京五輪、2010年の上海万博開催を控えて世界の注目が集まる中、力の入り具合が伺えようというもの。
 幸田さんはさらに“情報発信については、日本の政治の世界でも、もっと力を入れて欲しいですね。例えば日中関係に関しても、日本からの多額な円借款が中国経済の成長に寄与してきたことなどは、世界に明確に主張してもよいはず”と言い、“今後のアジアの経済の発展を考えるとき、例えば、ドルやユーロに対抗しうる東アジア共通通貨を誕生させるなら日本と中国の協力が不可欠である”とも。
 半日教育、靖国、領土問題など、さまざまな懸案が横たわってはいるが、立ち止まっているわけには行かない。
“大きな視野に立ち本気で取り組めば、日本と中国は、必ずいい関係が築けるはずである”(「幸田真音の数字の裏側」日経PC10月号より)。


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August 25, 2005

「上海ドリーム」を誘うもの

 米国の投資銀行ゴールドマンサックスの試算によれば、2050年度の中国のGDP(国内総生産)は44兆ドルに達し、35兆ドルの米国を抑えて世界第一位になると予測されている。(2004年末現在、約1兆5600億ドル)
 7月上旬、上海取材したという作家幸田真音さんによると、上海は今、空前の建設ラッシュであり、“まだまだ低い生産効率を、大量の資源やエネルギーを投じることで補いつつ、とにかく前進を続けている”。そして“大量のエネルギーを、そして莫大な投資資金を強烈な引力で飲み込んでいくさまは、さながらブラックホールのようだ”と。
引き寄せられていくのは、モノやお金だけではない。そこには「人」も集まっている。
日本のさまざまな企業から中国市場の開拓を目指してやってきた人々、かつてのアメリカンドリームならぬ「上海ドリーム」を目指す彼らの熱気に圧倒されたと幸田さんは言う。日本人の常識では判断できない商習慣の違いや、社会制度に翻弄され、苦労の多いことではあるが“このダイナミックな動きをリアルタイムで、この眼で見たいという気持ちも抑えられない”ようだ。
こうした、好奇心や野心をも吸い込んで、中国経済は成長を続けるのだろう。

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August 24, 2005

しずくの首飾り

        ジョーン・エイキン作、猪熊葉子訳(岩波書店)より
 生まれたばかりの赤ん坊ローラは、名付け親の北風から、キラキラ光る雨粒が三つ付いた魔法の首飾りを貰います。これさえ首にかけていれば決して雨にぬれることはありません。
それから誕生日ごとに雨粒は加わっていきます。五粒で雷も稲妻もローラをよけていき、七粒では深い川も泳げ、九粒では手をたたいて雨をぴたりと止められる。  そして、十粒になったら・・・・・。
 名付け親が十番目の雨粒をくれる前に、ローラの首飾りは盗まれ、巡り巡ってアラビアのお姫様の誕生日プレゼントにされてしまいました。
しかし、首飾りが十粒になったらローラは雨を降らせることが出来ると知った王様は、雨をふらせることと引き換えに、その首飾りをローラに返すことを約束します。
 しかし、決して首飾りをはずしてはいけないという命令に背いた(心ならずも背くことになってしまった)ローラに怒った北風は持ってきた雨の粒を干からびた草の上に捨てて、飛んでいってしまいました。
泣き出したローラに、親切な小さなお姫様は「泣かないで」と、ローラに首飾りをかけてくれました。
そうするとすぐに、ローラの涙の一つが転がり落ちて、九つの雨粒のとなりにぶら下がりました。
そして、粒が十になると、雨が降り始めました。
雨はどんどん降り、木は葉をのばし、花びらのしわはなくなりました。
 王様は、もも色の貝で出来たお姫様のボートでローラを送ってくれました。鳥達は頭の上を飛び、魚達はボートの前を泳ぎます。

 ローラは言いました。
「首飾りが返ってきてうれしいわ。でも、それよりももっとうれしいのは、友達がたくさんいることだわ」と。

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August 23, 2005

希望とは何か、希望学プロジェクト発足

 少子高齢化などで希望が見えにくい日本社会で、「希望とは何か」を探ろうと、東京大学社会科学研究所が今年度、「希望学プロジェクト」を発足させた。
 「希望は個人的なもので、社会科学の対象にすることを疑問視する声もある。しかし、希望はその社会状況を映し、その社会を見る手がかりになる」と、事務局を務める玄田有史(げんだ・ゆうじ)・同研究所助教授は言う。
 希望する職業と実際に就業できる職業のギャップを扱う労働経済学や、有権者が政治家に何を望んで投票するのかを研究する政治行動論など、社会科学ではこれまでも個別に「希望」を扱ってきた。
 希望学プロジェクトには、歴史学、社会学も含め、同研究所の研究者ら約20人が参加、希望を横断的に研究する。「希望の定義」「希望と社会との関係」などのテーマを設け、3年間かけて統計、アンケート、インタビューを重ねて、希望学の完成を目指すという。
 

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August 22, 2005

ヒントはおしゃべりな祖母、話を聞く人形「うなずきん」開発秘話

 飼い主を見上げるようつぶらな瞳。話しかけると首を縦横に振って言葉に反応する手のひらサイズの人形「うなずきん」が人気だ。(8/22、日経)
開発者は、27歳の辛 知美さん。“飽きずに話を聞いてくれる人形があればいいのに”というおしゃべりなおばあちゃんのつぶやきにひらめいた。寂しくなったとき、話し相手になってくれる商品は作れないだろうか。
立案から単独で商品開発に携わるのは初めてだったというが、もっとも苦労したのはデザイン。インテリアにとけこむおしゃれさも追求した。
また、うなずいてくれるだけでなく、たまに否定される小さな裏切りが心をくすぐり、人気に火が付いた。「ノーと言える」人形にするために首を横に振らせる技術は予想外に難しかったらしい。
 コンセプトは二十代女性向け雑貨ということであったが、幅広い層が支持し、なかには仏壇に飾る88歳の男性もいるという。
“孫の代まで残る商品に”というのが辛さんの夢。

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August 21, 2005

我が家の「環境大臣」

 環境省は六月、家族の一人を「環境大臣」に任命し、家庭内の環境保全の取り組みをインターネットに書きこんでポイントをためるエコライフ支援サイト「エコファミリー」の運営を始めた。
参加方法は、ホームページの登録画面に家族の人数やID,リーダー役となる我が家の環境相の名前を記入するだけ。費用は無料。
登録をすませると小池百合子環境相名入りの「我が家の環境大臣任命証」がホームページ上で発行される。
 毎日出来る取り組みのチェックや月ごとにつける環境家計簿のほか、エコ情報を提供するコンテンツを利用するととポイントが累積されていく。サイトの中でとりわけ人気が高いのが、家庭で編み出した工夫等を書きこむ「エコライフアイディア」。すだれに霧吹きで水をかけて気温を下げる裏技から、髪をショートカットにしたことで涼しいうえにシャンプーも少量で済むという「頭のクールビズ」など。
 我が家の「エコ度」を把握し、エコファミリーの輪を楽しみながら拡大していこう。
 

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August 20, 2005

再会リベンジ、そのときの決め服

 復讐のドレスというものをご存知だろうか。
先日、40代向けの女性誌が「元カレ、元夫に再会するとき」という特集記事を組んでいた。
同窓会で何を着るかという親切な指南記事である。
リベンジとは、再会の機会に“しまった、逃した魚は大きかった”と元族に後悔させることを言う。
そして、そのリベンジなるもの“Revenge is a dish best served could” と言うことわざもあるように、辛抱強く機会を待ち、周到な準備のあかつきに果たす復讐が最も満足度が高いらしい。
 再会リベンジを“おいしく”するために、日本の女性誌では数日前からのネイルサロン、直前のヘアサロン行きをすすめ、 英国の「サンデー・タイムズ」紙は、「リベンジドレス」を戦略的に選べと指南する。体にフィットして、かつ美点をどこか1点、強調するような、新しいドレスを選び、これをセクシーに威厳をもって着こなせというのが同誌の助言(8/19 ,日経;中野香織「モードの方程式」より)。
 復讐のドレス、あぁ、考えただけで汗が・・・。
それに、“許すことほど完璧なリベンジはない”というお言葉もあります!!

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August 19, 2005

大地震発生時に「帰宅難民」にならないために

 このところの地震の頻発は、少々怖い。
家庭の防災対策もさることながら、その発生時に出かけていたら先ず何から手を打つべきなのだろうか。
やはり何とか、無事に我が家に帰り着くことを考えたい。
このたびP社では、大規模地震発生時に勤務地などから自宅への最適ルートを検索するパソコンソフトを販売するという。
利用者は、出発点と目的地をパソコン上で指定し、2地点間の「最もリスクが低いと想定される帰宅ルート」を検索する。
自治体などが指定した危険度の高い地域なども画面に表示され、「帰宅難民」の発生を防ぐ。
大地震発生時には徒歩帰宅を余儀なくされ、平常の何倍もの時間を要することが予想される。避難場所や、コンビニエンスストア、応急給水拠点、災害拠点病院なども表示される。
 当初の発売は、東京23区を対象に、防災の日である9月1日から開始される。

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August 18, 2005

「ブッ・ポウ・ソウ」と鳴くと信じられていた霊鳥「三宝鳥」

 『経文』にある「仏法僧」の「仏」は釈迦、「法」は釈迦の教え、「僧」は釈迦に仕え悟りを開いた高弟のことだそうだ(8/13,日経「四季の息吹」)。
「ブッ・ポウ・ソウ」と言う名の鳥がいる。
「ブッ・ポウ・ソウ」と鳴くと信じられ、別名を霊鳥「三宝鳥」という鳥のことである。しかし、実際のところブッポウソウは、「ゲッ・ゲッ・ゲッ」と鳴くだけ。
1936年の夏のころ、「ブッ・ポウ・ソウ」と鳴くのは、コノハズクというフクロウの仲間であることが確認された。月明かりに「ブッ・ポウ・ソウ」と鳴く鳥が打ち落とされ、それがコノハズクだったというのである。
 以来、ブッポウソウのことを「姿の仏法僧」、コノハズクのことを「声の仏法僧」と呼ぶようになった。
 今夏の課題図書(青少年読書感想文全国コンクール)の一つに『蘇れ、ブッポウソウ』(中村浩志、山と渓谷社)がある。
それによると、現在日本に生息するブッポウソウは多く見積もっても250つがい以下だそうで、ヤンバルクイナ以下である。
青少年の興味が、環境への関心につながって、ブッポウソウの絶滅を救うきっかけになれば、夏休みの宿題もまんざらでもない。

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August 17, 2005

おばあさん、頑張れ

 戦後60年ということもあって、殊のほか気になる今年の終戦記念日。
中国や韓国をはじめアジア各地では、日本の植民地支配からの解放を祝う式典や反日デモなどが行われた。
 台湾でのデモの様子である(日経:8/16)。
終戦記念日の15日、台湾では旧日本軍の従軍慰安婦として働かされた女性と支持者ら約60人が台北市内の公園から、日台交流の日本側窓口団体である交流協会の台北事務所前までデモ行進。日本政府の公式謝罪と賠償を要求して、デモに参加した6人の元慰安婦の代表が事務所職員に抗議文を手渡した。
支援団体によると、台湾では30人の元慰安婦が生存。高齢化が進んでおり、デモ参加者は「おばあさん、頑張れ」と口々に訴えていたという。
 ここにも、高齢化の波が陰を落としている。

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August 16, 2005

問われる「日本ノ新生」

平和への祈りが世代を超えて語り継がれていく。
昨15日、せみ時雨のなかの戦没者追悼式は今年、初めて戦没者の父母の出席者がなかったのに対し、妻からひ孫まで4代そろっての参列者もあった。
小泉首相も、祖国や家族を案じながら戦場に散った同胞たちへの哀悼とともに、植民地支配と侵略でアジア諸国の人々へ与えた苦痛へのお詫びを改めて談話で表明した。
 吉田満氏『戦艦大和ノ最期』に、戦争末期に死を覚悟して沖縄へ特攻に赴く臼淵磐大尉の「日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ」という言葉がある。
出撃のときが近づいて艦内の士官室で「納得のいく死」を巡る激論が広がった時、「日本が敗れて目覚めるために先駆けになろう」と説くその言葉は、殴り合いまで起きた艦内の空気を変えたという。
 不戦と平和を貫いた60年の歩みの先に、近隣諸国との協調と相互の理解を通して発展を目指す「日本ノ新生」が問われている(8/16、日経「春秋」より)。

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August 15, 2005

戦場のカレーライス

 今年の夏は、どういうわけか、レトルトカレー の頂きものが多い。
横須賀の海軍カレーなどというものもある。
先ごろ亡くなった料理人の村上信夫さんが『私の履歴書』に、出征した戦地でのカレー経験談を書いている。(8/15 日経、春秋 )
中国大陸で出撃の前夜の話である。
「兵隊たちに何かうまいものを作ってやれ」という上官の命令で、鶏を数羽調達してカレーを作った。
食べようとした矢先、見とがめた本隊の少佐が軍刀をかざして近づいてきた。
その少佐殿、「おれにも食わせろ」と囁いたという。
腕のいい料理人は、万感の思いをこめて作ったであろう。
レトルトではない戦場のカレーはどんな味だったのだろうか。

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August 14, 2005

真帆片帆

 涼しさや 淡路をめぐる 真帆片帆    正岡子規
真帆は、順風のとき、帆をいっぱいに張り、追い風で走ること。片帆は、横風のとき、帆を一方に片寄らせて走ること。そして真帆片帆は、それらを操作しながら帆走している様子である。(幻冬舎「美人の日本語」山下景子)
 人生も順風のときばかりではない。
逆風の時、風向きの悪い時は、まともに受けず、帆を半分にして受け流すことも知恵であろうか。
「真帆片帆」、ほうきのメンテナンスもそこそこに、操縦の腕も省みず、無鉄砲に飛びだす魔女に自重を促す美しい語感の響きである。

 夕日が沈もうとするころ遠くに見える舟は、1日の帆走を終え、夏を惜しむかのようである。
今日も暑い1日であった。

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August 13, 2005

“女真打”から晴れて“真打”に

 落語家・古今亭菊千代さんは平成5年、女性初の真打に昇進する。初の女性真打を誕生させるという、菊千代さんが属する社団法人落語協会の方針から「普通は早くて13、4年はかかるところ」入門9年目のことだった。しかし、なにぶんにもそれまで男の世界だった落語界として前例のないことで、兄弟子たちを追い抜いての昇進にあとあと問題が生じてはいけないとの協会の配慮により、「女真打」という名称がつけられたという。
真打とは別枠で、名簿などの順番も最後に記される。
しかし、落語芸術協会からも女性の真打が誕生することになって、おととしやっと『女』がとれて晴れて『真打』に。
 コリアン落語や手話落語などでも活躍している菊千代さんだが、今改めて、古典落語を女性の視点で解釈しなおしている。
  (「クロワッサン」5月25日号より)

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August 12, 2005

「予期せぬこと、だが選択肢はなかった」!?

 ノンフィクション作家向井承子さんは、米国ネバタ州ラスべガスに2月オープンした「核実験博物館」を訪問した。
ネバタ砂漠には第二次大戦後に作られた35万ヘクタールの巨大な核実験場がある。
「核実験博物館」は、米国による核兵器の開発と実験に関する資料展示の場。
砂漠研究所付属の地味な博物館ではあるが、まずは教育目的、同時に核兵器開発に貢献してきた人々に報いる記念碑の役割も託されていることから、“展示内容には、被爆国の人間には耐えがたい部分もあった。例えば広島・長崎への原爆投下では、目標は軍事施設だけ、結果として日本に終戦を決意させ第二次大戦の犠牲者を最小に抑えたとする。これは、米国の「定説」であるが、犠牲者に一切触れない説明である。米国人が鵜呑みに刷れば、原爆さえ核の平和利用ということになる”と、向井さんは
女性展望』8月号に書いている。
一方、「予期せぬこと、だが選択肢はなかった」とタイトルされた一角では、米国側にたてば、ちょっと違和感のある展示もある。
向井さんは“原水爆禁止運動を世界に広げる契機となった日本国民の憤りへの配慮の証か。改めて声を出すことの歴史的意義を感じた”と続けている。

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August 11, 2005

アフリカの少女たちが漫画を楽しめるように

 高度成長の波は、少女コミック誌の部数も伸ばし、豊かで楽しい子ども時代の一角を担ってきた。
魔女世代にも「なかよし」、「りぼん」を愛読された方々が多いことだろう。
 この9月号で創刊五十周年を迎える集英社『りぼん』は、「ベネトン」のTシャツを販売して収益を国連世界食糧計画(WFP)に寄付する読者イベントを実施している。
夢を売る少女漫画と飢餓は一見無縁そうだが「世界で飢える子どもたちは、読者である10〜12歳と同世代なのです」と語るのは、同誌明間編集長。1枚3000円のTシャツで子ども一人の給食を1ヶ月間まかなえるのだという。
「アフリカの少女がこぞって漫画を楽しむようになって欲しい」と明間さん。
 人気漫画家、矢沢あいさんの作品など半世紀を代表する絵柄10種をあしらったシャツで、街中を歩くのはちょっと勇気がいるかもしれないけれど。

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August 10, 2005

アサガオの花言葉は『はかない恋』

金子みすゞさんの詩

  垣(かき)がひくうて
  朝顔は、
  どこへすがろと
  さがしてる。

  西もひがしも
  みんなみて、
  さがしあぐねて
  かんがえる。

  それでも
  お日さまこいしゅて、
  きょうも一寸(いっすん)
  またのびる。

  のびろ、朝顔、
  まっすぐに、
  納屋(なや)のひさしが
  もう近い。 
 

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August 09, 2005

ネットで戦災記録

 原爆投下60周年の今年、やっと被爆者が語り始めた。
いろいろなメディアも「広島」特集を大々的に行っている。
そんな中で、『原爆 表現と検閲』(堀場清子著、朝日選書)の記事を読んだ。(「クライン孝子の日記」)
世界の人々も日本人にさえも、原爆についての占領軍の検閲や発表禁止により、多くの人が見捨てられて死んだことや核兵器についての本当の恐ろしさが伝えられなかったとは、何と言うことだろう。
そして、次の世代の我々も戦争・被爆について何と無知なことか。
 原爆ばかりではない。米軍による空襲は、全国で200を超える地域に対し1942年から45年8月の終戦直前まで行われ、50万人が死亡したとされる。
総務省は、空襲の体験者や語り部が減少する中、「被災の記憶」を後世に語り継ぐ一助にと2003年度からデータベース化しインターネット上で公開する準備を検討してきた。年内にも運用を開始する予定。
 神奈川新聞社報道部戦後60年取材班では、「あなたの戦争体験」を募集している。
また、同社ホームページ上では「平和」に関する意識調査も行っている。

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August 08, 2005

小泉・森氏の質素会談

 郵政民営化法案が本日午後の参院本会議で採決される。

小泉純一郎首相は否決された場合は同日中に衆院解散・総選挙に踏み切る構えで、臨時閣議の開催など段取りを固めたという。極めて緊迫した局面を迎えた政局であるが、六日夜に衆院解散を回避するよう要請した森前首相の説得報告会見には、笑ってしまった。
午後六時過ぎ、首相官邸を訪ねた森氏を待っていたのは、美酒でもなければ珍味でもなかった。外国産の缶ビール10本を飲み干すと、「これしかないんだ」と小泉氏が出したのは小さな缶入りウーロン茶と「干からびたチーズとサーモン」(森氏談)。
空腹のまま公邸をでる森氏は憤懣やるかたなかったようだ。

>時頼の質素なことは大変有名で、吉田兼好の徒然草第二一五段にもその質朴ぶりが現されています。
それによると、北条宣時がある夜時頼に呼び出されたが、着て行く直垂がなく手間取っていると「夜のことだから、服装は構わずに」と仰せがあり、普段着で参内した。
すると時頼がちょうしに素焼の杯を持って待っていて、「肴がないが、召使を起こすのも気の毒だから、何でも探して見てくれ」
という。
宣時があちこち探すと味噌がついた壷が見つかったので持って行くと、「それで良い」と喜んで、機嫌良く何倍もそれで酒を飲んだ<
       (クライン孝子の日記より)

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「アオギリのうた」誕生秘話

 「広島のねがいは、ただひとつ。せかい中のみんなの明るい笑顔」で結ばれる『アオギリのうた』 は、2000年、当時小学3年生だった森光七彩ちゃんの作詞作曲。
広島の歌をもっと作ろうと広く市民から募集、915編の応募作品のなかからグランプリに選ばれた曲である。
原爆の落とされたあとには、75年間草木も生えないと言われたほどの苛酷な状況で、翌年の春に、被爆して葉も枝も幹も焼かれたアオギリの木が芽をふいた。平和公園に移植されたその木から取った種を、広島の小中学校では校庭で大事に育てているのだという。
 被爆者ばかりでなく、戦争を知らな子どもたちにも、生きる勇気を与えつづけているアオギリの木、そして『アオギリのうた』であるが、この歌の誕生には、ほほえましい話があった。
2000年ハノーバー「世界平和連帯都市市長会議」(「平和市長会議」と改名)の夜のレセプションで、長崎市長が“広島には素晴らしい歌がある”と『1本の鉛筆』のことを紹介してくれたまではいいが、“しかし、この曲1曲しかない。長崎をテーマにした曲は1000曲はある”と続けて『長崎は今日も雨だった』を歌ったという。
ちょっと悔しかった広島市長、その後に「広島の歌」を募集することになった。
  (広島市長秋葉忠利:「平和宣言の作り方」神奈川県二宮町での講演より)
自分の学校のアオギリの木の話を聞いて、この学校の生徒たちは電車に乗って、平和公園までアオギリのお母さんに会いに行くという子どもたち。
「過ちは繰り返さない」という合言葉を胸に、歌声は高く響く。

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August 07, 2005

「認知的集団」の規模

 互いに気心が知れ、まとまって動ける集団の規模は、洋の東西、今昔を問わず150人が限度らしい(英国の学者ロバート・ダンバードの調査による)。
軍隊も会社も、宗教的な組織ですら、機能を発揮するための集団の規模は、150人でほぼ一致するという。
軍隊の場合、兵器も作戦も情報システムも様変わりしたのに、個別活動の最小規模とされる中隊の規模は、200年前から150人で不変である。(8/5、日経;春秋)
個人の付きあいもことは同じ。
ITの進展で、通信可能な相手は爆発的に増えたけれど、実際に返事をやりとりする範囲はほとんど広がっていない。
 このところ、郵政民営化法案の賛否を巡って、てんやわんやの大騒動である。
参院の与党議員は、138人。
メンバーが互いを個人的に知り、まとまって機能的に動く「認知的集団」の規模としては、ほぼ最適だと言うのに・・・・。
 明日は、いよいよ参議院本会議での採択が行われる。

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August 06, 2005

「1本の鉛筆があれば 8月6日と 私は書く」

 昭和49年(1974年)の第1回広島平和音楽祭で美空ひばりが「1本の鉛筆」(作詩・松山善三、作曲・佐藤勝)という歌を歌った。
この歌は反戦をテーマにしたもので、この中で「一本の鉛筆があれば 戦争はいやだと 私は書く 一本の鉛筆が あれば 人間のいのちと 私は書く」という表現があり、この詩の心を平和宣言でさらに発展させ、21世紀に向けた広島の決意とたもの。
1500曲以上あるというひばりの歌の中でも、唯一の反戦歌である。 
 それから15年、 広島平和音楽祭で歌い続けたひばりの最終ステージは、1988年の第15回の音楽祭であった。
直前まで点滴を打ち続け、舞台袖まで付き人に支えられて立った彼女の本番は、病を感じさせない、気迫に満ちた平和への絶唱であったという。翌1989年6月死去、52歳であった。

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August 05, 2005

平和巡礼のおばあちゃん

 「戦争体験を風化させまい」と、戦後60年、「あの日」の体験を語り続けるおばあちゃんがいる。少女期の戦争体験をつづったベストセラー『ガラスのうさぎ』の著者高木敏子さん(73)である。
高木さんは、東京大空襲で父母と二人の妹を亡くした。
その『ガラスのうさぎ』が長編アニメ映画となり、5月から全国各地で上映されている。「アニメで著書のすべてが伝えられるわけではないが、若い人にまずは戦争を知ってもらいたい」、そんな思いがアニメに託されているという。
10年前に患った難病の心臓疾患などから体調は決してよくない高木さん。
高校生のお孫さんから「平和巡礼のおばあちゃん」と呼ばれ、月2回のペースで講演にかけまわっている。

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August 04, 2005

ジャスミンを銃口に

 パレスチナ わがまほろばの崩れゆく
  空のみ高し ジェニンの町よ
日本赤軍のリーダーだった重信房子被告(59)が東京拘置所でつづった歌集『ジャスミンを銃口に』が幻冬舎から出版された。
学生運動の追憶、パレスチナ開放闘争の戦場での思い、拘置所での葛藤など、裁判の弁護を務める大谷恭子弁護士のもとに届いた3548首の中から選ばれたものだと言う。
大谷弁護士は「イデオロギー的な歌は避け、彼女の人となりが分かるものを選んだ。“テロリスト”と呼ばれた一人の女性がかつて何をし、今何を思うのか、全体像を伝えたかった」と話す(7/17,神戸新聞)。
 上弦の 月に照門照星を
  合わせて静かに 指令を待ちぬ
など、戦場を思い出して詠んだ歌が多い中、
 獄舎より 誕生祝いの母への文
  描けるかぎりの 花束を描く
と、家族への思いが胸を打つ。  

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August 03, 2005

知性は幸せな老後とは無関係?

  「知性は、高い給料と生活の質に導くかもしれないが、老年期の幸せには関係ない」という研究発表がイギリスであった。こんなことはわざわざ調べなくてもわかりそうなものであるが、それでも実際に確かめるところが面白い。
 調べたのはエジンバラ大学のアラン・ガウ氏で、400人以上の年金受給者を対象に調査し、老年期での認識能力は幸せに無関係であると分析。
働き盛りの間は知性がものを言うが、高齢ではそうでないらしい。
 高齢者は、より健康で、財政的に独立していることが生活の質を高める。知性よりも友好的な要素が重要なようであるという。これは、オーストラリア人の老化の長期的研究でも裏付けられる。それには、「 高齢女性は高齢男性よりも社会的ネットワークを持つため、彼女らの生活の質はより高い」と結論づけている。

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August 02, 2005

天の川をみつけよう

 ここ数十年の間に、日本では人工の明かりが増え、天の川がよく見えるような、星のよく見える場所が少なくなった。
国立天文台では、今年のスター・ウィーク(8月1日~7日)でのイベントのひとつとして、都会ではなかなか見えなくなった天の川を見ようと、「天の川全国調査」キャンペーンをおこなうことした。全国の人を対象に天の川が見られたかどうかを報告してもらうというもの。
「観察した日時」、「観察した都道府県」と「大都市」「都市近郊」「郊外」「山間部」「島しょ部」の区別、天の川が「はっきり見えた」「見えたと思う」「見えたような気がする」「見えなかった」「天候が悪い」、および、天の川を見た回数と自由記述のコメントなど、国立天文台まで。
携帯電話用のキャンペーンページもある。
キャンペーン期間には、19時前後に太陽が沈む(場所によって時刻は違う)。
日の入から1時間半ぐらいで空は真っ暗になるので、そのころに空を眺めてみよう。南の空の低いところから、頭の真上よりやや東側を通って、北東の地平線まで延びていく、光の帯が見えるはずで、それが天の川。
見慣れていないと雲だと思ってしまうかもしれないその付近を、ヨタヨタと飛んでいる魔女も見られるかも知れない?!

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August 01, 2005

「地球は本当にきれい」野口さんから地元茅ヶ崎にメール

 スペースシャトルの野口さんから31日午後、地元・神奈川県茅ヶ崎市の応援団体「野口聡一さんを励まし、宇宙への夢を青少年・市民とともに育(はぐく)む会」に電子メールが届いた。

 メールでは、子供のころから夢見ていた宇宙へ来ることができた喜びを語ったあと、「宇宙からみる地球は本当に綺麗(きれい)です」「私の好きなあの茅ヶ崎の海が、この地球の一部なんだと素直に感じることができ、とても嬉(うれ)しいことです」と、故郷への愛情をにじませている。
(読売新聞) - 8月1日5時16分更新

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夢見昼顔

 夢見昼顔は、八月の誕生色。
真夏の野にまどろむ物憂げな昼顔の淡い桃色だそうだ。
朝顔、昼顔、夕顔(夜顔)、この中で一番小ぶりで、注目されない花が昼顔。
真夏の強烈な陽射しの中で、いかにもまどろむように咲いている。
落ち着いたそのピンク色は、まばゆい光の中ではくっきりと浮かびあがることはない。
朝のさわやかな顔、夕方の優雅な顔。昼間の顔は、派手さはないものの、炎天下でも決してしおれることなく、まぶしい夢を見つづけているようだ。(山下景子『美人の日本語』、幻冬社)

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