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June 30, 2005

Make Poverty History

 7月6日から英スコットランドで主要国首脳会議(グレンイーグルズ・サミット)が開催される。主要議題の一つがアフリカ支援。
「リッチな我々が貧しいアフリカを助けるのは当然」と世界のトップスターたちもたちあった。
6月25日、英西部で音楽フェスティバル「グラストンベリー」でロック歌手ボブ・ゲルドフは、「世界を変えられると信じるなら、二日にライブ8を見て,行動してくれ!」と観衆に呼びかけた。
「(サミット参加国首脳の)8人がやる気になれば、アフリカなど世界の問題は十秒で解決できる」と首脳にも圧力をかける。
観衆はお互いに手をつなぎ「貧困を過去のものに(Make apoverty History)」と連呼した。(6/30,日経夕刊)
 ライブ8は、ロシアを除く主要国と南アフリカで開催。日本では7月2日、千葉市の幕張メッセで行われる。ゲルドフは、1985年にエチオピア飢餓救済キャンペーン「ライブ・エイド(援助)」を企画、成功させている。二度とやらないと言っていたが、20年を経ても状況が変わらないアフリカの窮状に再び立ち上がった。
ライブ・エイドの時は寄付を呼びかけたが、今回は「金ではない。関心を持って欲しい。政治を動かすことが大事なんだ」と、草の根の圧力を期待する。

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June 29, 2005

美徳やら義理やら体裁やら

青いさんご礁が美しい、太平洋のリゾート地として知られるサイパン島。第1次大戦時、戦局の悪化で「絶対国防圏」とされたサイパンは、圧倒的な米軍の上陸作戦に退路を絶たれる。兵士は満足に武器も持たない「バンザイ突撃」、女性や子どもは崖から身投げした。

          『崖』   石垣 りん
   戦争の終り
   サイパン島の崖の上から
   次々に身を投げた女たち。
   美徳やら義理やら体裁やら
   何やら。
   火だの男だのに追いつめられて。
   とばなければならないからとびこんだ。
   ゆき場のないゆき場所。
   (崖はいつも女をまつさかさまにする)
   それがねぇ
   まだ一人も海にとどかないのだ
   十五年もたつというのに
   どうしたんだろう。
   あの、
   女。
 理不尽の極みともいうべき集団死へ人々を導いたのは「生きて虜囚の辱めを受けず」という『戦陣訓』の一説である。「鬼畜」の敵の手にとらわれれば殺されて辱めを受ける。浸透した恐怖が民間人までをも痛ましい死に向かわせた。六十年余り前のサイパンの悲劇は理性を麻痺させる戦争の本性を伝えて余りある。(6/28,日経春秋)

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June 28, 2005

ぶりっ子魔女デビュー?

米女優ニコール・キッドマン主演の米映画「奥様は魔女」(ノーラ・エフロン監督・9月日本公開)の日本版テーマソングに、松田聖子の新曲「I,ll fall in love」(8月24日に発売予定)が、決定したという。
彼女がハリウッド映画の日本版テーマソングを歌うのは初めて。
 同曲は、魔女(ニコール)でありながら人間に恋してしまう切ない映画のイメージに合わせて、松田聖子が作詞。7月2日から劇場の予告編で披露される。
「とても覚えやすい曲」という聖子さん。
いよいよぶりっ子魔女の登場か、加齢を華麗になどと、のんきにしてなんかおれない?

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June 27, 2005

ICタグで未来のお店

 デフレが続く中、国内小売業の売上高は、昨年度まで8年連続で減少中だという。
探している商品が店頭になかったり、見つからなかったりしたために消費者が購入を見送る比率が流通業の売上の2〜3割に達すると言う見方もあることから、店頭でのIT活用が検討されている。
 三越やイオンなど流通大手五社は、経済産業省の支援でITを駆使、消費者の個別のニーズに合わせた商品情報などを提供できる未来型店舗の実験を今秋から始める(6/23,日経)。
例えば、丸井が実験する「IT試着室」では、顧客がICタグのついた婦人服を試着室に持っていくと、ICタグ読み取り器が自動的にその商品情報を読み取り、試着室内の画像端末にその服に似あうアクセサリーなどの情報を提供するシステムを導入する。
 はてさて、これで消費活性化にいくばくかの貢献はしても、衝動買い得意魔女のストレス解消にはなるのやら。

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June 26, 2005

世にも美しい兀の不思議

円という完全無欠な完成した形の円周が、3.141592・・・・と絶対に割り切れない無限数でしか表現できないというのは不思議である。
形の上では完結しているのに、数の上では完結しない。
歴史的には、兀をどのくらい正確に出せるかで、だいたいその国の数学レベルがわかったという。
関孝和(?~1708)は、小数点以下12桁まで正確に出している。
 兀はもともと直径1の円周の長さである。
それがいろいろな級数の和に、まるで神の悪戯でもあるかのように兀は出てくる(らしい)。
 と、単純に兀=3.14と暗記している魔女には、これ以上の理解は不可能である。
            (筑摩書房「世にも美しい数学入門」)

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June 25, 2005

野球は、数学であらわせるスポーツ?

 野球は、打率、ヒット数、投球スピードと、何かと数字に縁が深いような気がする。
記録ばかりではない。
ちょっと古いが、江夏豊選手の背番号「28」の話である。
28は、数学の世界では「完全数」と呼ばれるもので、自身の持つ約数を加えると、また自分に戻ってくるというもの。
一桁だと6だけで、二桁だと28だけ、三桁では496が、四桁では8128が一つずつある。
しかも、この「完全数」は連続した自然数の和で表される。
たとえば江夏の「28」は、28=1+2+4+7+14というわけである。
 江夏は、この「28」を阪神時代にしか使っていなかったそうで、トレードされてからはその度に違う番号らしい。
それほど大事にしていたということのようで、だから何だと言われるとちょっと・・・・。
 数学は、何の利益ももたらさないから美しいのです!
    (筑摩書房「世にも美しい数学入門」より)

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June 24, 2005

国歌を歌う

 22日、コンフェデレーションズカップで日本は強豪ブラジルと2-2で引き分ける健闘を見せた。激戦を呼んだ強気の攻めは見ものであった。
そんな中で、ブラジルの選手と一緒に国歌を口ずさんでいたジーコ監督はブラジル出身。
 試合後にアナウンサーにそのことを問われ、彼は「ブラジルでは幼少から国歌を歌っていたからね、つい、一緒になって歌ってしまった」と、淡々とした口調で語っていた。
 一方、日本では、6月21日の朝日ネットによると
“今春の入学式で「君が代」斉唱時に起立しなかったとして、5月末に停職1カ月の処分を受けた東京都立川市の中学教諭が連日、朝から夕方まで学校の正門前で、処分の不当性を訴えている。約120人の研究者も21日、「処分は憲法などに違反する」とする抗議声明を発表した”
“子供を教える教師が国歌を否定するなんて、ドイツ、いや世界を見回しても聞いたことがない。日本って、一体どうなっているのかしら?”ドイツ在住ジャーナリストクライン孝子さんのコメントである。

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June 23, 2005

舟で行く「潮来花嫁さん」復活

 霞ヶ浦東端に広がる潮来の水郷。
川辺にハナショウブの咲き乱れる中を「寿」の提灯を掲げた嫁入り舟が進む。
スピーカーからは1960年にヒットした「潮来花嫁さん」(歌:花村菊枝)である。白無垢の花嫁さんが両岸と橋の上に鈴なりの観光客に見守られて、嫁に行く。
 この嫁入り舟、六月の「あやめまつり」の期間中、週末のイベントとして復活・再現した。
しかし再現できないものがある、それは「水」。
観光サッパ舟(笹葉舟)を繰る本宮ふささん(78)は、今は濁って堀のようだが「私らが嫁に来たころは、米もといだし洗濯もした」と語る(6/20日経夕刊)。
 「泳げる霞ヶ浦を」を合言葉に自然観察会や河川清掃に取組む市民活動団体「霞ヶ浦市民協会」主任研究員の沼沢さんは、“台所から出る排水は霞ヶ浦に通じ、水道の蛇口から出る水も霞ヶ浦の水。市民がより身近に霞ヶ浦を感じることが必要”と説く。
 潮来花嫁さんの今昔は、環境や景観保全に新たな視点を与えている。

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June 22, 2005

ロハスは問答無用の常識

いまや「エコ」は、もう絶対主義である。
それどころか、ファッションと結びついて最先端のライフスタイルとなり、一大マーケットを築くに至った(6/17日経夕刊、中野香織「モードの方程式」)。
「ロハス(Lifestyle of Health and Sustainability)」(健康的で継続可能なライフスタイル)である。
 昔の暮らしに戻ったり環境運動に参加したりするのではない、「おしゃれ」で環境にやさしいライフスタイルのこと。アメリカでは成人人口の30%がロハス重視で、市場規模は約30兆円と報じられている。日本でも、雑誌が特集を組むなどブームになっている。
 中野さんによると、ファッショナブルなエコロジカル、ロハスは問答無用の常識になりつつある。

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June 21, 2005

魔女の身分証明

井上ひさし『イソップ株式会社』(絵・和田誠,中央公論社)にハマッている。
イソップ株式会社社長星光介の37の童話集。
彼は、7年前に亡くした妻との約束を守って、毎日一つのお話を作り夕食後に家族(中1に娘、小4の息子)に語っているのである。
第十一のお話 「小さな王様、取引する」には長い棒を手にした魔女が登場する。
彼女は、王様の尖がり帽子を欲しがった。
「その棒だけど、何に使うの」、取引に際して王様は質問する。
「これは身分を表している。指揮棒がなければだれが指揮者かわからない。小槌がなければだれが議会の議長かわからない、プラカードがなければだれがデモをしているのかわからない。それと同じように、この長い棒があってはじめて、私が魔女だとわかるわけだね」。
「それから、この棒はわたしの飛行機、尖がり帽子をかぶって、この棒にまたがって空を飛ぶのだよ」
「どこに行くの」と、王様。
「世界中の魔女たちに読まれている不定期刊行雑誌『尖がり帽子』の編集をしているんでね、事件の起こりそうなところに先回りしているところさ」

 皆様、長い棒にまたがって、尖がり帽子をかぶった魔女に取材されたら、「今はブログの時代だよ」と教えてやってください。

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June 20, 2005

声に出して泣きたい「名作文学」

 『声に出して読みたい日本語』の著者斎藤孝さんは、“日本が低迷したといわれて久しいが、その理由の一つは「悲しみ」の感情を排除してきたことにある”と言う(『「できる人」の極意』(マガジンハウス)。
「悲しみ」を理解するということは、人の気持ちを知り、物の道理を知るということであり、インターネットなどの発達で広く浅い水平方向の知識は増えたが、他者への想像力である垂直方向の深みを失ってしまったとも。
 今一度元気を取り戻すために、悲しみを語るのが意外な近道として読書感想を共有することをすすめ、「声に出して泣きたい」名作文学 二十五を紹介している。
 太宰治の『饗応夫人』、芥川竜之介の『蜜柑』、山本有三『路傍の石』、宮澤賢治『銀河鉄道の夜』、デュマの『椿姫』、ドフトエフスキー『カラマーゾフの兄弟』に混じって佐江衆一作『黄落』もある。 「老い」を想像する日々ではあるが、「老い」が 当面の一番の悲しみということか。

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June 19, 2005

頭脳4競技が一同に=世界大会計画浮上

 囲碁とブリッジ、チェス、チェッカーの4競技を一堂に会して実施する「世界頭脳スポーツ大会」(仮称)の計画が浮上している。
早ければ2009年の開催を目指しているそうで、日本棋院では、従来世界アマの運営を主な業務にしている国際囲碁連盟を中心に計画を推進する。(日経:6/18)
 実現すれば囲碁の国際化に弾みがつくのは間違いないが、その場合に表面化しそうなのがルール統一の問題。今は日本ルールが基準だが、中国が、地の数え方などが微妙に異なる自国ルールにこだわっている。
調整が難しいのは外交ばかりではなさそうだ。

また以前、世界チェス連盟(FIDE)と世界ブリッジ連盟(WBA)は、オリンピック大会に正式種目として参加すべくIOCに働きかけていたが実現を見ておらず、この世界大会の実現が待たれる。

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June 18, 2005

日本女性初の五輪メダリスト、17歳の日記

 1928年アムステルダム五輪陸上800メートルで二位に入り、日本女性初の五輪メダリストとなった人見絹江さんの17歳当時の日記が、岡山市の生家で見つかった(日経・6/18)。
人見絹江は短距離のスペシャリストであり、メダル確実と言われて日本人女性で初めてオリンピックに参加したものの、100,200mに惨敗。
このまま日本に戻っては『死んでお詫びするしかない』との悲壮な覚悟で1度も正式に走ったことのない800mに挑戦し、メダルを得たという感動的な人。
『お詫びする』相手は、母であり、親戚であり、そして日本国民全てであることは時代背景とは言え、何とも壮絶である。
日記には、当時、女性スポーツに世間の関心が薄く“愉快ではなかった”ことや、自作短歌などもあるという。
「勝つ喜びの裏に辛い思いがあったことがわかった」(親族の人見重男さん談)。

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June 17, 2005

雨上がり

なんとか梅雨の切れ目のようですね。
かたつむりと紫陽花なんて光景も久しく目にしていないなぁ。 
昔は色とりどりの傘が楽しかったこともあったけれど加齢ですかね、雨が楽しくない。
やはり年とともに感じ方もかわるわけでして・・・・・。
「明日の記憶」をよみました。
若年性アルツハイマーがテーマなのですが読むにつれマジで具合が悪くなるのよね。
だって当方にも思いっきり自覚症状があるものだから。
読むならば気持ちが前向き体調の良いときにとお勧めいたします。
年をとったら、病気系のものや暗すぎるものは自分がとりこんじゃいそうなので気をつけたほうが良いみたい。
つまり、元気でいれば、色んなジャンルの本が読めるということです。
皆、元気でいましょうね!
           魔女見習い  fuko

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June 16, 2005

二つの数と数が抱擁し合っているかのような「友愛数」

 220と284という二つの数字はある特別な関係にあって、数学者たちはこれを「友愛数」と表現しているのだという。
220という数の、自分自身を除いた約数は、1,2,4,5,10,11,20,22,44,55,110で、全部足すと284になる。
一方、284の方は、同様に自分自身を除いた約数が、1,2,4,71,142で、全部足すと220になる。
 この「友愛数」というもの、フェルマーが一つとデカルトが一つ、パガニーニが一つ、そしてオイラーは一人で62組も発見したらしい。220と284は、その「友愛数」の中で、一番小さな組合せである。
しかし、その他にはどれくらいあるのか、終わりがあるのかどうかも証明されていないんだとか。証明の糸口さえわからないとも。
 なんとも数学って不思議なものです!
    (藤原正彦/小川洋子『世にも美しい数学入門』より)

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June 15, 2005

食材選びと食育のための情報発信拠点『食材の寺小屋』開校

 食材についての知識が不足している人が増えており、特に若い世代に目立つといわれる。
このままだと日本人の食生活がおかしなことになると憂えたNPO法人良い食材を伝える会(会長:辰巳芳子さん)は『食材の寺小屋』をオープンした。
NPO法人良い食材を伝える会は、食文化はあらゆる文化の基礎という視点から、生命を守り育む良い食材を次の世代に伝えていく活動を続けている。
昨今本物の良い食材が少なくなるとともに、現代人の五感も衰えてきて、勢い食材の表示に頼ってしまう。
その表示が信用できないようなこともしばしばあるが、消費者が求める色や形へのこだわりに対応して、必要以上の農薬が使われるなどの問題もある。
ほかに、希薄になった旬への意識、食料自給率など課題は多い。
食材に加えて調理法や食べ方など、自分ためばかりでなく子供や若者のためにも自主的な学習が必要である。

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June 14, 2005

アスリートのブログ

 今、アスリートのブログというのが盛んである。
アスリートは、フィールド上で自分を表現するばかりでなく、様々な手段でその魅力を語りかける。
自分を表現する手段としてブログというツールもまた有効である。
以前、プロゴルフの横峰さくら選手が、裸足で水切りショットしている珍しいシーンを3コマ漫画みたいに並べてアップされたものが話題を呼んだことがあったという。
掲載スペースに制限のある紙媒体では表現しづらいもので、夜のニュースでは動画で流れるものであっても、先ずWebでみることによって、夜のニュースでは詳しく見たいという視聴意欲を高めることになった例であろうか。
 夜のニュース番組より早く、翌朝の新聞よりも詳しくといったところが、スポーツ界のブログの目指しているところかもしれない。

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June 06, 2005

ごはんを残すとばちが当たる?

 昨年ノーベル平和賞を受賞したケニアの環境活動家ワンガリ・マータイさんは、日本語の「もったいない」という言葉がとても気に入り、これを世界に広めようとしている。
子供のころ、母の口から何かと「もったいない」という言葉を聞いたし、「ごはんを残すと、ばちが当たる」と言われ、必死でひと粒残さず食べた記憶がある。
今年の初めの農林水産省の発表によると、食堂やレストランでの食べ残しは、一食あたりの3.3%にあたる19.4gで、1年間に国内で出た食べ残しの合計は11兆円にも上るという。
 食品がどれだけの運搬距離をたどって消費者に届くかを計算する「フードマイレージ」という指標があるそうで、数値が高いほど、あらゆる運送手段で遠くから運ばれていることを示す。3月6日付の朝日新聞によると、農林省の試算では日本のフードマイレージは、世界最大で、韓国の2.8倍、米国の3倍。
記事には「現代の日本人は歴史上のどの時代、どの国の王侯貴族よりもぜいたくな食事をしている」と農水省関係者のコメントが引用されている。 

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June 05, 2005

メディア・ビオトープから身近な発信を

 小橋昭彦さん(メールマガジン『今日の雑学+(プラス)』編集長)は、これからの時代のメディア社会のあり方をビデオトープにたとえて論じた水越伸さんの著書『メディア・ビオトープ』を紹介している。(「ヤフー・インターネットJAPAN 7月号」)
ビオトープは、校庭の隅などに水辺を作り、水草や虫やめだかなどが生息する小さな生態系を育む活動である。
 メディア・ビオトープとは、市民発の小さなメディアが各地で芽吹き、それらがネットワークするメディア社会で、めだかが自分の泳いでいる小川の様子しか知らないように、それらが発信する情報は身近なものが中心になる。
しかし、それだからこそその情報は、自分たちの暮らしに根付き、自分たちでしか発見できない知恵に満ちていると小橋さんは言う。
しかも、それらが有機的に関係しあうことで、全体として豊かな生態系=社会を築くとも。
 メディア・ビオトープを支えるのは、熱意ある個人で、一人一人が自らの思いを伝えていこうとする多様性でる。
そして、決してマスメディアが地ならしして土が固くなった中心部ではなく、土が凸凹した周縁部でこそ育ちやすいという指摘は、地方でユニークな市民メディアが生まれつつある現状を的確に捉えている。
 新しいメディア社会の片隅で、めだかの学校ならぬ魔女の寺子屋が生まれるかもしれない。

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June 04, 2005

ゲームで学ぶ

暴力的なゲームが青少年へ与える影響が懸念されている。
そんな中、国連食糧計画(WEP)は、無料でダウンロードして遊べる食糧支援ゲーム「Food Force」を公開した。
スマトラ沖地震・津波被災者への救護活動をモデルに、Sheylanという架空の島での食糧支援活動をシミュレーションしたゲームである。
空中から食糧投下、地雷の撤去、再建支援といった課題をクリアするとゲーム終了。
スコアを競いながら楽しく人道支援の手法を学ぶことが出来る。
公開直後からアクセスが殺到するほどの人気ぶりだとか。
対象年齢は8歳以上。
ただし英語バージョンのみ。

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June 03, 2005

九九とIT

 インドは世界有数の情報大国である。
特にソフト部門ではアジアのナンバーワンであろう。
それは、インド人の暗算能力の高さに由来すると言われる。
インドの九九は、1×1に始まって20×20まであるのだそうで、それを小学生の時から暗記させる。
もっとも日本では、掛け算ばかりか割り算の九九(八算)だってあった。
今は教えられていないようだが、「二一天作の五」といえば「10割る2は5」のこと。暗算能力ということでは、こちらに軍配があがるのではないだろうか。
となると、九九がIT産業発展のカギというのはまゆつばか。
 インドでIT産業が発展した理由は、次の二つだとの分析がある。
第一は、賃金の安い理系大卒者が大量に存在すること。第二に英語が達者な国民であること。(長崎新聞論説室:潮田道夫氏)
ヒューレット・パッカードのパソコンを買った米国人が、問い合わせ電話をすると、インドに転送されるのだという。
九九が得意な日本の大卒も、ついでに英語も頑張ろう。

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June 02, 2005

偲び草

何かを思い出すためのよすがとなるものを偲び草という。
信長が好んだ小唄に、
〜死のうは一定、しのび草には何をしようか。一定かたりをこすよの〜
というのがある。
(必ず死ぬのだから、しのび草には何をしようか。みんな、きっと思い出し、話の種にしてくれるだろうよ)
数々の偲び草を残し、次々と夢をかなえていった信長。死に臨んで「是非もなし(しかたない)」と言う言葉を残したと言う。(山下景子『美人の日本語』幻冬舎)
悔いなく生きた人の潔い言葉ととるべきか、しのび草に託す思いは、やはり複雑だったのだろうか。
1582年旧暦6月2日、本能時の変が起きた。
偲び草は、信長の死後400年以上を経ても枯れないで生きつづけている。

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June 01, 2005

夢見る葉っぱ

新潟県十日町の織物工業協同組合が選定した六月の誕生色は、「憧葛(あこがれかずら)」。
五月雨が濡らした葛(かずら)の葉の緑色である。
葛は、つる草の総称で、髪飾りや、呪術にも使われた特別な草だった。
つるを手繰り寄せる・・・・・、恋しい人との縁や、逢瀬に願いを込めた草でもあろう。
「憧れ」は、もともと「あく離れ」で、魂が離れていく感覚のことだという。
長く降り続く雨が、自分と外とを隔てる。
あの人との距離も遠くなり、小さなしかし大事な夢も湿り勝ちの日が続く。
葉っぱたちは、雨にぬれながら夢にたどり着くのだろうか。

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