March 29, 2013

おばあさんが行く

  おばあさんはいつものスーパーで
  おじいさんのためのいつもの仏花
  買うのやめて 今日は自分のた
  めに 遠くの村で色づいた 紅い
  ほおずき三本 買いました

  おばあさんが歩いて行く
  歩道のまん中を
  曲がったひざを外側に向けて
  こわいものなど何もない

  どけどけそこどけ みんなどけ
  というふうに 歩いて行く

  あんなふうに歩いてもいいのだ
  小さな子供と おばあさんは
  子供は 母親がすくいあげる
  おばあさんは いつか神様が
  すくいあげてくれる

  カンカンと陽の照る道を
  紅いほおずき三本にぎり
  揺れながら どうどうと
  おばあさんが行く

       山崎るり子  おばあさん  思潮社

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March 17, 2013

后妃の子守唄

紀元前22~21世紀の粘土板に刻まれた、シュメルの后妃が我が子のために作った子守唄である。

 私が歌っている間に、坊やがたくましく育ちますように、
 私が歌っている間に、坊やが大きく育ちますように、
 坊やが木の根のように強い基礎を置きますように、
 坊やがシャネルの木のように広く枝を広げますように。
       (中略)
 坊やの妻は坊やの温かい抱擁に横たわりますように、
 坊やの息子は坊やの広げた腕の中に横たわりますように、
 坊やの妻が坊やとともに幸福になりますように、
 坊やの息子が坊やとともに幸福になりましように、
 坊やの若い妻が坊やの抱擁に幸福でありますように、
 そして坊やの息子が坊やの膝の上で元気に育ちますように。

      (小林登志子、「5000年前の日常」 新潮新書)

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March 16, 2013

本は何度も見返すもの

哲学者西田幾多郎の70歳近い頃の随筆『読書』に「老いるに従って理解が鈍くなり、印象も浅く記憶が悪しくなり、一度読んだ本であっても、すぐその内容を忘れてしまうことが多い」とある。
以前に読んでいた本を忘れていたとしても、我が理解力に問題を持ったとしてもそんなに悲観することはないのかもしれない。
本は何度も読み返すものらしいから。

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March 07, 2013

還暦は“脳人生”の半ば?

 歳をとったから物忘れが酷いというのは誤解だという。 
脳が衰えないことに関して、興味深いデータがる。5年くらいまえの話である。115歳で亡くなったオランダ人女性の脳の解剖結果によると、神経細胞の数、シナプスの数、タンパク質の量、遺伝子の状態など、脳の機能が若い人と殆ど変わらないことがわかったという。
 もともと脳自体は40歳以降のほうがむしろ働きが活発になると言われているが、120歳でも現役だとすれば、半分の60、つまり還暦はまだ“脳人生”の半ばというわけ?

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March 05, 2013

昔話のジジとババ

日本の昔ばなしは、明治以来、巖谷小波、柳田國男、石井研堂らによって採取、記録され、文学として、子供向けに多くの本が出版されるようになった。
「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました」で始まる懐かしい物語である。『桃太郎』『花咲か爺』『舌切雀』『かちかち山』『さるかに合戦』を、五大昔ばなしと呼ぶが、『さるかに合戦』以外は、いずれもおじいさんとおばあさんが登場する。
 これら昔ばなしのなかの老人たちは、貧しくともみな生き生きとしている。男女ともに良く働き、健康である。山へ芝刈りに、川へ洗濯にと毎日元気に活動し、誰も寝込んだりボケたりしていない。
もちろん、むかしむかしのお話なのだから、現代人が考える老人年齢ではない。
 信長の「人生50年」モードから思えば、今の40代でも立派な翁、媼だったのだろう。しかし、人生50年でも80年でも、寿命というものには変わりない。
寿命の尽きるまで現役で働くために、現代のジジ、ババも我が体力・気力を見直さなくてはならない。

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March 03, 2013

おばあさんのひな祭り

自宅近くの淡島神社に出かける。
春開けそめし桃のお節句の三月三日は、この社のお祭りであり、三浦のお祭りの始まりでもある。
祭礼では、神社前の芦名海岸から神職・巫女(みこ)が船に乗り込み、流し雛(びな)を行う。
「親に知られぬ、こよりを腹に縁結びの神、安産の神として私どものからだをお守り下さる御祭神少彦命の御神徳に願いを込める善男善女」(神社由来書より)が、静かな芦名の海に流されるお雛さまを見送る。

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February 28, 2013

花を持って会いに行く


看護し介護した一人の夫が見送る寸前の妻にどんな言葉を送ったか

 春の日、あなたに会いにゆく。
 あなたは、なくなった人である。
 どこにもいない人である。

 どこにもいない人に会いにゆく。
 きれいな水と、
 きれいな花を、手に持って。

 どこにもいない?
 違うと、なくなった人は言う。
 どこにもいないのではない。

 どこにもゆかないのだ。
 いつも、ここにいる。
 歩くことは、しなくなった。

 歩くことをやめて、
 はじめて知ったことがある。
 歩くことは、ここではないどこかへ、

 遠いどこかへ、遠くへ、遠くへ、
 どんどんゆくことだと、そう思っていた。
 そうでないということに気づいたのは、

 死んでからだった。もう、
 どこにもゆかないし、
 どんな遠くへもゆくことはない。

 そうと知ったときに、
 じぶんの、いま、いる、
 ここが、じぶんのゆきついた、

 いちばん遠い場所であることに気づいた。
 この世から一番遠い場所が、
 ほんとうは、この世に

 いちばん近い場所だということに。
 生きるとは、年をとるということだ。
 死んだら、年をとらないのだ。

 十歳で死んだ
 人生の最初の友人は、
 いまでも十歳のままだ。

 病に苦しんで
 なくなった母は、
 死んで、また元気になった。

 死ではなく、その人が
 じぶんのなかにのこしていった
 たしかな記憶を、わたしは信じる。

 ことばって、何だと思う?
 けっしてことばにできない思いが、
 ここにあると指さすのが、ことばだ。

 話すこともなかった人とだって、
 語らうことができると知ったのも、
 死んでからだった。

 春の木々の
 枝々が競いあって、
 霞む空をつかもうとしている。

 春の日、あなたに会いにゆく。
 きれいな水と、
 きれいな花を、手に持って。
                長田弘さんの詩「花を持って、会いにゆく」より
 

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January 02, 2013

きままに やさしく いみなく うつくしくいきる

絵本『きままに やさしく いみなく うつくしくいきる』  現代思潮新社
文;アン・ハーバート&マーガレット・パロマ・パヴェル
絵;小田 まゆみ
訳;谷川 俊太郎

おやぶんたちは 
まったくたよりない。
こうなりゃ
おれたち
ひとりひとりが
おやぶんだ。

どのくらいまでできるか
どこまでできるか
わかんないけど、
おれたちには むかしから
かくれたちからがある。
おれたちはちから。

いっしょにいきる
いくつものあたらしいみちを
みつけることができるかどうか。
いっしょにおどり
いっしょにいきて。
でもおれたち
いるんだ
がけっぷち
じぶんのいのちを
ぶっこわすみち

ふみだす
いっぽが
ふんでる
ちきゅうを
かえていく。
いまふみだす
いっぽが、
これからの
ちきゅうを
きめていく。
いきる
このいま
えらぶんだ
たたかいか
よろこびか
おれたちは ちから。
いのちはわになる。
いのちを
おどれ。

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December 28, 2012

「図書館」を楽しもう

 人は誰でも語るべき「物語」を持っている。
そして、心のなかには私だけの「図書館」がある。
「図書館」にはいろいろの宝物があって、内緒の秘密基地だったりもする。
2002年国連国際高齢者会議でのアナン事務総長開会の挨拶で、アフリカには「一人の老人の死は,村の図書館一つをなくすに等しい」という諺が紹介された。長老と呼ばれる人々が尊重され、頼りにされる地域ならではの図書館の使命かもしれない。
 しかし、なんといっても一番の楽しみは、本を心ゆくまで楽しめることだろう。
最近は、インターネットや電子書籍のおかげで、町の図書館まで出かけなくても環境の良い、好きな場所で読書を楽しめるようになった。加えて、高齢になると時間はたっぷりある。
 以前読んだ書物を読み返したり、新しい掘り出し物に夢中になったりばかりではない。自分の「物語」を完成させる楽しみも残されている。そして、語る喜びを、聞く嬉しさを共有する仲間にも事欠かない。
 人生の集大成としての自分の「物語」を残そう。そこには、あなたの等身大の「死生観」がしっかりと刻まれ、次世代の人々へのエールとなろう。
心のなかの“私だけの「図書館」”に、“自分の「物語」”を並べてみませんか。そして、みんなで「図書館」を楽しもう。

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December 26, 2012

生きがい図書館プロジェクトオープン


 アフリカには「一人の老人の死は,村の図書館一つをなくすに等しい」という諺があるという。
「生きがい図書館」プロジェクトは、高齢者が次世代へ地域の文化や歴史を語り伝えることで,社会貢献となる「生きがい」を見出し,子どもや若い世代は高齢者との交流の中で、生き方や命の重みを学ぶ、そんな活動を目指すものです。

また、ひとは皆、自分の図書館を心のなかに持っている。
そこには、語り語られ、そして残すべき物語が整然と、あるいは雑然と置かれている。聞かせてください、あなたの物語を。

           「生きがい図書館プロジェクト」  
                      主宰   山之口 俊子

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